覚え書:「今週の本棚・この3冊:ナチズム 佐藤健生・選」、『毎日新聞』2015年07月19日(日)付。


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今週の本棚・この3冊:ナチズム 佐藤健生・選
毎日新聞 2015年07月19日 東京朝刊

 <1>[新訳]ヒトラーとは何か(セバスチャン・ハフナー著、瀬野文教訳/草思社/1944円)

 <2>君はヒトラーを見たか(ワルター・ケンポウスキ著、到津十三男訳/サイマル出版会/絶版)

 <3>ニュルンベルク裁判 ナチ・ドイツはどのように裁かれたのか(アンネッテ・ヴァインケ著、板橋拓己訳/中公新書/886円)

 「戦後七〇年」が目前に迫った。かつて同盟国であったドイツのヒトラーやナチズムについて、気軽に読めるものを紹介したい。

 はじめの二冊は、いずれも一九七〇年代の西ドイツでベストセラーとなった本である。ハフナーの書は、「厚くなくてやさしいヒトラーの本があったら」という一三歳の少女の投書に応えて書かれた。したがってドイツ語自体もやさしく、日本でもドイツ語のテキストさえある。その読後感はまさに「目から鱗(うろこ)」といったところで、複雑なテーマをよく整理した内容となっている。発想の面白さに拍手を送りたい。

 ケンポウスキの書は、タイトルの質問を人々に投げかけ、その答えを集めたものである。副題に「同時代人の証言としてのヒトラー体験」とあるように、ヒトラーを「見た」人と彼に「会った」人、話したがらない人と驚くほど饒舌(じょうぜつ)に話す人など、その体験は実に様々である。各証言に付された生年と職業から、いつの時期にどんな立場でヒトラーを体験したのかが推測できる。彼の目の魅力(魔力)や握手をした彼の手の柔らかさなど、体験者ならではの証言も多い。類書に『君は天皇を見たか』(児玉隆也著・講談社文庫)があるが、ヒトラー昭和天皇の比較に期待をすると肩透かしを食らう。天皇を見たのは「人間天皇」を見た人ばかりで、しかも「握手」そのものがありえないからである。

 ケンポウスキはその後、『君はそのことを知っていたか』という本を出した。今度は強制収容所について質問を投げかけたのである。しかし、対象が違うと人々の反応はまるで異なった。ヒトラーに比べ強制収容所については、多くの人は噂程度の内容しか答えられなかったからである。著者はヒトラーに向き合うドイツ人と、強制収容所ないしはホロコーストユダヤ人大量虐殺)に向き合うドイツ人を対比させることで、当時のドイツ社会における過去との取り組みの実情を明らかにしたのである。

 最後は最新の書で、歴史家の手になる。ニュルンベルク裁判は、世に知られる国際軍事裁判とそれに続いて同地で開かれた米占領軍による軍事裁判(継続裁判)からなる。本書の特色は、両裁判についてのみならず、その後のドイツ社会への影響やハーグの国際刑事裁判所に至る過程にもふれられている。訳者による詳細な註記や解説、読書案内などにより、「戦後」を考えるよい糸口となっているのである。
    −−「今週の本棚・この3冊:ナチズム 佐藤健生・選」、『毎日新聞』2015年07月19日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150719ddm015070018000c.html



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