覚え書:「今週の本棚・本と人:『氷川丸ものがたり』 著者・伊藤玄二郎さん」、『毎日新聞』2015年07月19日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『氷川丸ものがたり』 著者・伊藤玄二郎さん
毎日新聞 2015年07月19日 東京朝刊


 (かまくら春秋社・1512円)

 ◇友情を確認する航跡 伊藤玄二郎(いとう・げんじろう)さん

 横浜・山下公園のシンボルである「氷川丸」が今年、建造85年を迎えた。かつて神戸、横浜と米西海岸シアトルを結ぶ豪華貨客船であり、戦時中は旧海軍病院船。戦後は復員船、引き揚げ船を経て再び客船として復活した。その数奇な運命は一つの昭和史と言っていい。同時にそれは、元新聞記者と編集者の友情を確認する航跡でもある。

 「『“命の恩人”氷川丸の本を書きたいんだよ。伊藤ちゃん、手伝ってくれないかな』と頼まれたんです」。1976年夏のことだ。毎日新聞鎌倉通信部長の高橋茂が酒で顔を赤らめながら切り出したという。高橋には戦時中、南方の激戦地ラバウルマラリアにかかり、命からがら氷川丸で帰国するという忘れられない原体験があった。復員後、原爆で焼け野原になった長崎で、永井隆博士の信頼を得て数々の秘話を抜いたやり手だが、文学をこよなく愛するロマンチストの一面も。氷川丸が60年に引退し、横浜で係留されていることを知った時は体が震えたという。最後の任地として鎌倉を希望したのも、船へのお礼の心を書きたいがためだった。

 若かった著者は、親子ほど年の離れたベテラン記者の熱意にほだされて協力を約束、二人三脚で作業を始めた。ところが、高橋が体調を崩す。

 「末期の胃がんでした。関係者の取材はもっぱら私が担当し、旧厚生省引揚援護局や日本郵船の史料室で史料を読み込んで、病床の高橋さんに伝えました」。2年がかりで『氷川丸物語』は定年後の78年夏に完成。その年の終戦記念日には、NHKが「氷川丸48年目の夏」と題して特集、8月11日に船上で開かれた出版記念会の模様を伝えるなど大きな反響を呼んだ。

 「生涯で一番うれしかったと思いますね。記念会からしばらくして亡くなりました」。それから37年。高橋が問いかけた平和の大切さを伝えようと、新たに関係者をインタビューするなど大幅に加筆改稿、再び世に問うた。同書を原作とするアニメ映画も8月から公開される。

 「戦後70年、氷川丸85歳……世の中って、こういう人の縁、巡り合わせってあるんですね」

 明日20日は「海の日」である。<文・中澤雄大 写真・内藤絵美>
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http://mainichi.jp/shimen/news/20150719ddm015070017000c.html


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