覚え書:「論点:安保法制 問われる国際貢献」、『毎日新聞』2015年07月17日(金)付。

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論点:安保法制 問われる国際貢献
毎日新聞 2015年07月17日 東京朝刊

(写真キャプション)カンボジアのポチェントン空港に降り立った自衛隊のPKO部隊。カンボジアを第一歩に、PKO活動はこれまでに14件を数える=1992年10月、森顕治撮影

 世に漂う無力感は何であろうか。政府・与党は安全保障関連法案を衆院で押し通した。「専守防衛」からの大転換であり、国民的理解が得られている状況とは言えないにもかかわらず、である。法案は日本の国際貢献のあり方も問い直すものだが、違憲・合憲議論の前にかすむ。論戦の舞台は参院に移る。何を論じる必要があるのか。国際協力の現場を知る経験者に聞いた。

 ◇国際情勢のニーズに対応 佐藤正久自民党参院議員

 日本は四半世紀前の1992年に国連平和維持活動(PKO)協力法を作り、自衛隊の能力を通して国際社会における責務を果たす取り組みを続けてきた。最近は過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロやエボラ出血熱のような感染症、さらに災害の大規模化など新たな事態が増え、現行法のままでは隙間(すきま)や不具合が生じている。日本が国際社会と連帯して平和と安全を守っていくため、多角化するニーズに対応できるようにするのが安保関連法案だ。

 これまでは自衛隊に与えられた任務と権限が乖離(かいり)しすぎていた。自衛隊イラク派遣(2003−09年)で、私が南部サマワで復興業務支援隊の初代隊長だった当時、治安維持はオランダ軍の任務だった。自衛隊が復興支援をしたいと望む地に、オランダの指揮官が同意するとは限らなかった。自分たちの手で、ある程度の治安維持ができれば、活動が非常にやりやすくなる。治安が良くなれば復興が進み、復興が進めばさらに治安も良くなる。双方には相関関係がある。法案では治安維持のほか、現地の立法・司法や行政に関する支援もできるようになっている。

 また自衛隊の宿営地や活動場所の近くで日本人や日本の非政府組織(NGO)が襲われて助けを求められた場合、「駆けつけ警護」はできなかった。離れた場所で活動する隊員が襲撃されても、正当防衛ではないから本隊は武器を持って助けにいけない。普通の国で、自国民や文民、部下隊員を守れないという軍隊はない。武器使用などの制約をできるだけ国際標準に近づけることで、自衛隊の活動の場も広がる。

 他国軍への自衛隊の後方支援では、自衛隊の活動実施区域を「現に戦闘が起きている地域以外から選ぶ」と法的に整理した。自衛隊の活動は「非戦闘地域」に限定する従来の解釈に比べ「リスクが高まる」といわれるが、それは違う。もとより戦闘地域と非戦闘地域の線引きはあいまいで非現実的だ。憲法9条との兼ね合いで武力行使の一体化を避けるために官僚が考えた概念にすぎない。非戦闘地域だったはずのサマワでも、宿営地に迫撃砲弾が飛び込んで街中ではオランダ兵が殺された。非戦闘地域かどうか、派遣前には誰も分からない。要はどこに区域を設定し何をやるかによってリスクは変わってくる。本当はそこを議論すべきだが、衆院で野党が持ち出したリスク論はきわめて乱暴で、自衛隊員も冷めていた。

 今回の安保法制は恒久法なので、PKOなどで現場はものすごく助かる。自衛隊は法律がなければ一ミリも動けない。我々がイラクに派遣された時は特別措置法で、事前に訓練ができなかった。恒久法があれば情報収集を含めて準備が十分でき、隊員のリスクは下がる。国連との早期の調整を通して、より安全な活動地域で、日本の得意な分野で国際貢献できるメリットもある。

 そもそも自衛隊の任務でリスクを伴わないものはない。警察、消防も同じだ。それでも国家・国民を守るため、自衛隊がリスクを背負う場合はある。であればこそ政治がそのリスクをできるだけ小さくする努力が必要だ。とはいえリスクは決してゼロにはならない。万一の場合の隊員の名誉や処遇を考えるのも政治だ。

 私は福島県出身で、東日本大震災の時、ものすごく反省した。地震津波に対する備えが十分ではなかったからだ。まさに「憂いなければ備えなし」になっていた。安全保障は国民の生活から遠いイメージがあり、なかなか浸透しにくいが、中国が軍事的に台頭し、北朝鮮がミサイル能力を向上させるなか、日米が連携して「備えあれば憂いなし」にしなければならない。もちろん外交努力が第一だが、抑止力と対処力の観点からいざという時に備えておくのが政治の責任だ。

 「備える」ことの大切さを国民に粘り強く説明する必要がある。衆院の審議は与野党の議論がかみ合わず概念的な部分が多かった。国民の理解を深めるためにも、参院では中身の議論をもっと掘り下げていきたい。【聞き手・田中洋之】

 ◇不自然な状態の海外派遣 伊勢崎賢治東京外国語大学教授

 今回の安保法制の問題点は今に始まったことではない。自衛隊を海外に出すという点では国際情勢の変化の中でずっと以前から無理が続いている。日本国内でしか通用しない理論を積み上げてきて、気がついてみたら国際情勢とかけ離れている。ひとりよがりでやってきたことのツケが今、最大限に来ている。

 国連平和維持活動(PKO)の場合が一番わかりやすい。自衛隊も派遣されている南スーダンのころから、PKOの任務内容は大きく変わりつつある。本来は国家がやるべき、住民保護の役割をPKOが果たすようになっている。国家に代わって、住民を痛めつける勢力を成敗するという性格を強めている。

 そのような、正規軍同士の戦いではない「非対称」の現場では、自衛隊員が誤って人を殺してしまうという可能性が高まっている。南スーダンでこれまで事故が起きていないのは奇跡だ。

 そのうえに新たな安全保障法制で業務を増やすという。「奇跡」が「奇跡」であり続けられる可能性がどんどん狭まっている。しかし、自衛隊員は撃てば大変なことになるということをよく分かっているので、最後の最後まで撃たないだろう。いつ、住民保護のもとに自衛隊員が盾になって殉職するか、というところまで来ている。

 自衛隊員が撃たずに殉職した場合、政権は「本当は撃てたのに撃てないのは憲法9条のせいだ」と言って、9条を改憲すべきだと言うかもしれない。まるで、自衛隊員が人を殺すという事故が起きるのを待っているかのようだ。

 国内法で言えば、本質的に警察予備隊の時代から変わらないままの自衛隊に、海外で軍事行動をさせるという無理なことをしている結果、何が起こるか。武器を持っていて撃てないというのはどれぐらい恐怖か。武器を持っているということは相手から見れば合法的な攻撃目標になる。しかし、こちらは撃てないという恐怖だ。非常に不自然なことをさせているということを認識しなければならない。

 こんな状態はダメだ。私は自衛隊の立場でものを言いたいので、そういう理由で安保法制に反対している。自衛隊は、国防であれば命をかける。しかし海外に軍隊を送るならば大義と名誉が必要だ。「自衛隊員が海外で罪のない一般市民を殺す」ということがリアリティーを持っているということをまず、しっかり国民は考え、受け止めるべきだ。そろそろ現実を直視しなければならない。

 そのうえで日本が貢献できることは十分ある。たとえば、PKOでは、日本のような先進国が大部隊を現場に出すことは全く求められていない。資金を提供した上で、作戦を管理するために司令部に人を出すというぐらいだ。私が主張しているのは国連の軍事監視団への参加だ。将官しかできない、非常に名誉ある仕事だ。国連安全保障理事会の「目」であり、伝統的な本体業務中の本体業務だ。軍人が行うので、非武装だが軍事的な貢献になる。自衛隊の参加は全く問題がない。

 対テロ戦のような非国連統括型の有志連合でも日本は貢献できる。米国がアフガニスタンで一番苦しんだのは、軍事力だけでは敵をなくすことはできず、国家建設が必要になるということだ。対テロ戦で、欧米が決定的に不利なのは、歴史的に占領者だったことだ。占領者ではなかったという利点を持つ日本は、武力を前提にしない、非武装が原則だからこそできる国家建設の分野で貢献できる。相手が十分できることをしても補完にはならない。足りないものをやって初めて感謝される。

 安保法制は廃案にしなければならない。しかし、ただ廃案にしただけでは、元の状態に戻るだけだ。問題が起きたときには悪い方に9条が変わることになりかねない。その前に、護憲の精神で、9条をいつ変えるか、どう変えるかを考えなければならない。日本の外交では、自衛隊を平和利用だけに使うように徹するというビジョンが必要だ。【聞き手・須藤孝】

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 ◇自衛隊の海外活動

 1992年に成立した国連平和維持活動(PKO)協力法で初めてカンボジアに派遣された。その後も中東のゴラン高原などでPKOに参加し、現在は国連南スーダン派遣団で施設部隊が道路整備などに当たっている。米軍主体のアフガニスタン攻撃とイラク戦争では、特別措置法に基づいてインド洋で外国艦船への給油などを行った。安保法案では、海外でテロなどに巻き込まれた邦人救出など、自衛隊の活動拡大が盛り込まれている。

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 「論点」は金曜日掲載です。opinion@mainichi.co.jp

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 ■人物略歴

 ◇さとう・まさひさ

 1960年生まれ。防衛大学校卒。83年陸上自衛隊入り。国連PKOゴラン高原派遣輸送隊長、イラク復興業務支援隊長を歴任。2007年から参院議員で現在2期目。

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 ■人物略歴

 ◇いせざき・けんじ

 1957年生まれ。東ティモールで国連PKO暫定行政府の県知事を務め、シエラレオネの国連PKOで武装解除を担当。アフガニスタン武装解除担当の日本政府特別代表。
    −−「論点:安保法制 問われる国際貢献」、『毎日新聞』2015年07月17日(金)付。

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