覚え書:「記者の目:戦後70年夏 反知性主義を考える=鈴木英生(東京学芸部)」、『毎日新聞』2015年07月22日(水)付。


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記者の目:戦後70年夏 反知性主義を考える=鈴木英生(東京学芸部)
毎日新聞 2015年07月22日 東京朝刊

 ◇文系学部廃止の裏で

 文部科学省は6月8日、国立大に文系学部の廃止や削減など組織改革を進めるよう通知した。「グローバル化」などを旗印にした改革により、大学の有りようはこの約20年で大きく変わった。今回さらに踏み込もうとする事態に、大学関係者らの間で波紋が広がっている。この際、文系学部だけでなく、私たちの未来に必要な「知」とは何か、議論を深める必要があろう。人文社会科学系の論者や読者の間ではやる「反知性主義」という言葉から考えたい。

 反知性主義とは作家の百田尚樹さんの「沖縄の新聞は潰さないといけない」発言、「嫌中反韓」のネット右翼的言論、脱原発を通り越した過剰な「反放射能」まで、地位や思想的立場を問わず広がる、決めつけや短絡の目立つ思考・姿勢を指す。そこには「自分こそ正しい」「批判は受け付けない」といった雰囲気が漂う。そうした背景には、効率よく即効性のある知的能力を「役に立つ」とし、立ち止まり沈思黙考するような知性を「役に立たない」とする空気があると感じる。

 ◇役に立たぬ教養、切り捨てる大学

 「日本の反知性主義」(内田樹編)の著者の一人、白井聡京都精華大専任講師は、礒崎(いそざき)陽輔首相補佐官が「立憲主義」を「聞いたことがない」とインターネットで発言した例を挙げて「東大法学部卒なのに憲法学の基礎用語を『聞いたことがない』と言うのは、うそでなければ『興味のないことは知る必要がない』と信じ、恥じていないからでは。自分に知らないことがあると認めるところから、人は成長が始まる。反知性主義は、頭の回転の速さや知識量とは無関係です」と指摘する。

 反知性主義論の古典で有名なリチャード・ホーフスタッター著「アメリカの反知性主義」(田村哲夫訳、原書は1963年)は、知性と知能を区別している。いわば、知性は中長期的・客観的・相対的に物事をとらえる力とし、知能はさっさと物事を処理し結論を出す力であるとするが、「今は知性が不必要とされて、知能だけが『グローバル競争に対応できる』ともてはやされる。文系学部の削減も同じ論理でしょう」(白井さん)。

 戦前から国内の大学は官僚養成、科学技術の振興、会社員の輩出といった国家や財界の要請に応えるとともに、「リベラルアーツ」と呼ばれる教養主義的な学問の府の面を持ってきた。90年代以降の国公立大改革は、後者の面をそぎ落としてきたと言えよう。何しろ「改革」の皮切りは、「役に立たない」教養部の廃止だったからだ。

 教養部廃止と並行し、大学院重点化がある。米国のロースクールビジネススクールのような大学院で「役に立つ」勉強をさせようとしたはずが、院を出ても仕事がない「高学歴ワーキングプア」を大量生産した。社会の実態にそぐわない“改革”は必要とされないことが図らずも浮き彫りになった。北田(きただ)暁大(あきひろ)東大教授(社会学)は「米国には大学院修了の人材ニーズがしっかりある上、学部での教養教育も充実している。米国の一面だけを押しつけてもうまくいかない」と酷評する。

 そもそもグローバル競争に勝つことが、大学の使命かどうかも怪しい。例えば、文科省が昨年指定した「スーパーグローバル大」がある。世界大学ランキング上位100位を狙えるなどの大学へ補助金を重点配分する制度だが、100位以内は英語圏の大学が大多数を占めるのが実態で、国内では東大と京大だけだ(「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」誌)。北田教授は「ランクインのため留学生受け入れを増やすような倒錯が起きている。留学生もできるなら英語圏の大学に入りたいわけで、順位を基準にしても確実に負ける」と語る。

 今の大学に求められる役割とは。社会のためにどう「役に立つ」存在であるべきか。

 ◇寅さんの言葉に将来へのヒント

 大学時代の恩師の言葉が忘れられない。いわく「将来、会社員になる学生には、近代経済学の最新理論より、マルクス経済学の基礎である『雇われるとはどういうことか』を教えた方がいい。社会的視野と批判的思考力を持つ市民に育てることこそ経済学教育だ」と。実践的にみえるグローバル経済の分析法より“過去の遺物”の方が、本人と社会に「役に立つ」知性を育てるという意味に受け取れた。

 「てめえ、さしずめインテリだな」−−。映画「男はつらいよ」の寅次郎はこう言い放った。大学出の「知性主義」には権威と権力はあっても、庶民の知恵のようなものが欠落していると腐したのだ。今こそ、知能ばかりを重んじる「反知性主義」の「インテリ」に対し、同じセリフをぶつける時ではないか。そこに文系学部の将来を考えるヒントが隠れていると思う。
    −−「記者の目:戦後70年夏 反知性主義を考える=鈴木英生(東京学芸部)」、『毎日新聞』2015年07月22日(水)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150722ddm005070009000c.html





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