覚え書:「日本の仏教、民衆の中にあるか インド仏教の指導者・佐々井秀嶺さん」、『朝日新聞』2015年07月16日(木)付。

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日本の仏教、民衆の中にあるか インド仏教の指導者・佐々井秀嶺さん

2015年7月16日

(写真キャプション)佐々井秀嶺氏。88年にインド国籍取得。当時の首相からインド名を与えられる。インド政府の少数者委員会仏教徒代表も務めた=山本和生撮影

 カースト差別が残るインドで、最下層の人々の権利擁護を訴えている僧侶がいる。佐々井秀嶺(しゅうれい)氏(79)。すでにインド国籍を取り、インド仏教の指導者として「闘う仏教」を掲げる。7日まで日本に滞在していた佐々井氏のメッセージを手がかりに、仏教と現代社会のかかわりを考えてみたい。

 ■人を救う使命が後回しに

 「インドは急速に経済成長して『カネ、カネ、カネ』という風潮です。カーストが残っている限り、上の階層ばかりが、より豊かになる恐れがある。カーストを絶滅させなけりゃいけない」。昨年、大病を患って死線をさまよったとは思えない口調で語る。

 インドは釈尊ゆかりの地だが、仏教は13世紀ごろ一度ほぼ消滅した。復興させたのは、「不可触民」と呼ばれた最下層から法相に上り詰めたアンベードカル氏(1956年没)だ。最底辺の数十万人を、カースト制度と結びついたヒンドゥー教から「平等」を唱える仏教へ改宗させた。人間としての尊厳を回復する意味が大きい。

 その遺志を継いだのが、67年に渡印した佐々井氏だった。仏教徒は急増したが、それでも少数派で差別は根深い。「私のもとには『建設中の寺が壊された』といった訴えが寄せられる。そのたびに出かけて抗議デモをします」

 仏教では、怒りは「三毒」の一つ。「自分本位の怒りはいけません。しかし私は、慈悲に基づく大いなる怒りは肯定します。不正義や権力に対する『大怒』です」

 一方、日本では貧困・自殺問題などに取り組む僧侶が一部には現れているが、仏教界全体としては社会問題に対する動きはまだまだ鈍い。佐々井氏は若いころに3度、自殺未遂をしており、日本の自殺者が年間2万人以上にのぼることへの関心も強い。

 「仏教本来の僧の使命は人を救うこと。なのに、寺の運営ばかり考えているように見えます。自殺しそうな人を助けるといった肝心のところに手が回らずにいるのでは?」

 背景の一つには、宗派の間の溝が深いことがあると指摘する。宗派を超えて取り組むべき問題に対しても「宗派仏教にがんじがらめの状況」と見る。「立派なスローガンを掲げてはいますが、民衆の中に入っていますか? 民衆と一体になっていないから『お坊さんに葬式をしてもらわなくてもいい』という風潮が広がるのではないでしょうか」

 ■存在意義問い直し、社会参加の形探るとき 若い僧侶中心、苦の現場に臨む萌芽

 佐々井氏の活動のように、社会問題に深くかかわろうとする仏教のあり方を「社会参加仏教」と呼ぶ。まずは欧米で注目されたエンゲージド・ブディズム(Engaged Buddhism)の訳語で、もともとはベトナム戦争に対するベトナム僧侶の反戦運動に由来する。

 「社会構造によって起こる『社会苦』にいかに応えるかが日本仏教の課題だ」。そう語るのは2008年に「臨床仏教研究所」を立ち上げた僧侶の神仁(じんひとし)上席研究員。臨床仏教とは「生老病死の苦しみに徹底的に寄り添う仏教」としている。

 「釈尊の時代から仏教は本来、臨床仏教であったはず。それがいつしか形式ばかりの『葬式仏教』と揶揄(やゆ)されるようになった。いま、若い僧侶を中心に苦の現場に臨む萌芽が見え始めている。これを育て、臨床仏教に立ち返ることができるかどうかに、日本仏教の近未来がかかっている」

 仏教学者で国際日本文化研究センター末木文美士(ふみひこ)名誉教授は「近代以降の日本仏教は檀家(だんか)制度によって経済的な安定が確保されていた。僧侶の多くは自らの信念で仏道に飛び込んだわけでなく安住していた」と話す。

 しかし都市部ではイエ意識が崩壊し、地方では過疎化が進む。いわゆる葬式仏教が成り立たなくなると、自らの存在意義を問い直し、社会に目を向けざるを得なくなるだろうという。

 一方で、政治や経済だけでは解決できない問題が山積する今、社会の側からは、人の生死(しょうじ)にかかわる役割が期待されると見る。「葬式仏教も『死者をめぐるケア』として深く問い直せば意義は大きい。日本型の社会参加の形があるはずだ。佐々井氏の目からは生ぬるい状況だと思うが、日本でも社会問題に対処せざるを得なくなっている」

 (磯村健太郎
    −−「日本の仏教、民衆の中にあるか インド仏教の指導者・佐々井秀嶺さん」、『朝日新聞』2015年07月16日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11861496.html





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