覚え書:「【書く人】普通の人々の運命、克明に 『新版 軍艦武蔵』(上・下) 作家 手塚 正己さん(68)」、『東京新聞』2015年08月02日(日)付。

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【書く人】

普通の人々の運命、克明に 『新版 軍艦武蔵』(上・下) 作家 手塚 正己さん(68)

2015年8月2日

 ことし三月、フィリピン・シブヤン海の海底で見つかり話題となった戦艦「武蔵」。この巨大な洋上の城に関わった士官、兵士らの人間ドラマを上下巻千二百ページを超えるボリュームで描き切った。戦闘だけでなく、行事や休暇を楽しむ姿なども丁寧に記録。共に艦隊を組んだ駆逐艦の物語、撃沈後に救助された乗組員がたどる過酷な運命に数百ページを割いた類例のないノンフィクションだ。
 「武蔵戦記を書いたつもりはありません。乗組員だって寝なきゃいけないし、食べなきゃいけない。特殊な環境にいただけで、私たちと何ら変わりません。あの頃、スーパーマンでも鬼でもない普通の人々の間で何が起こったか、旧海軍の象徴を舞台に記したかった。どう準備され、戦い、殺されていくのか。戦争とは何かも伝えたかった」
 映像畑出身で、二十四年前に製作監督した長編ドキュメンタリー映画「軍艦武蔵」に長期の再取材を加え、二〇〇三年に刊行した同名の著作を戦後七十年に向け全面改訂した。
 艦内では持ち場の死守が求められ、全体状況を完璧(かんぺき)に把握した人などいない。元乗組員、遺族ら数百人に及んだ取材過程で留意したのは「だまされないこと」だった。記憶違いのほか、取材者側の意図に沿おうと事実を感動的に脚色した証言も少なくなく、「願望通りの内容がスルスル出たら、これは怪しいかも、と。自分自身にもだまされないように、ということだったんでしょう」と振り返る。膨大な一次資料に当時の気象、月齢まで調べ取材に臨んだ。
 疎開地の長野で生まれ、すぐに東京へ。親が商いをしていた関係で、大人が頻繁に茶飲み話に来る環境で育った。徴兵され中国大陸に送られた父をはじめ、元兵士から生々しい戦地の様子を正座して聞いては「兵隊さんの話」と題したメモ帳に書き留める子どもだった。本物の持つ迫力に早くから気付かされた経験が、後の表現活動に少なからず影響を与えたのは間違いない。
 安保関連法案の審議が続いている。「大いに議論すべきですが、その前に、戦争経験者の話にどれだけ耳を傾けたのか。それなしでは空虚になってしまう」と手塚さん。しかし、その経験者も高齢化が進む。脇役だけで一冊書けるほど話を聞いたという本書のような存在が、今後、重みを増すだろう。
 太田出版・各二九一六円。
  (谷村卓哉)
    −−覚え書:「【書く人】普通の人々の運命、克明に 『新版 軍艦武蔵』(上・下) 作家 手塚 正己さん(68)」、『東京新聞』2015年08月02日(日)付。

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