覚え書:「書評:幕末の奇跡 <黒船>を造ったサムライたち 松尾 龍之介 著」、『東京新聞』2015年8月16日(日)付。

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幕末の奇跡 <黒船>を造ったサムライたち 松尾 龍之介 著

2015年8月16日
 
◆西洋技術を懸命に学ぶ姿
[評者]橋本克彦=ノンフィクション作家
 井の中の蛙(かわず)大海を知らず。鎖国令がなければ日本人はもっと早くから西洋と技術文明を共有し、大航海時代以降の世界でのびのびと才能を発揮したにちがいなかった。本書は鎖国日本の幕末から明治維新にかけて刻苦勉励した幕末インテリたちの「人物伝アンソロジー」といえる好著である。
 水戸藩長州藩の常軌を逸した攘夷(じょうい)論の後、武備開国へ。「西洋の長を師とし、その師を撃つ」という、清の魏源(ぎげん)『海国図志』に説く戦略が佐久間象山吉田松陰らの頭を占領する。
 島津斉彬(なりあきら)、鍋島直正勝海舟など幕末開明派有名人は元より、笠間藩の小野友五郎、長崎海軍伝習所二期生の薩摩藩士五代才助(友厚)、幕臣榎本武揚らの潮流、佐賀藩佐野常民(つねたみ)、長崎通詞福地源一郎、ニュートン力学を独学し西洋流砲術元祖・高島秋帆(しゅうはん)に基礎的な弾道力学を示唆した志筑(しづき)忠雄ほか、黒船建造はもちろん西洋を懸命に学ぶ人々の評伝が描かれる。それは蛙が大海を知って大悟した軌跡でもあった。
 初歩的失敗もしでかした。佐賀藩薩摩藩、幕府などは相次いで蒸気船を建造したが、蒸気漏れが頻発。佐賀藩反射炉は田んぼに建てたので地盤がやわで傾いた。産業社会が未熟で鉄の需要が乏しく、南部藩橋野高炉の鉄は水戸藩の注文が途絶えた後、銭に化けた。長州藩萩の反射炉などは薩摩(喪失)、佐賀(喪失)、水戸那珂湊(喪失)、韮山(現存)などの反射炉に比較すればお話にならない出来損ない。これと松下村塾が明治日本産業革命の世界遺産とは明らかな筋違いである。
 明治維新では長州藩がなんでも偉いとは限らない。世界遺産を観光資源と思うのも筋違いである。むしろ幕末からの日本は魏源の戦略から抜けきれたか、という疑問が明治期産業革命を解く鍵の一つであろう。
 本書は、西洋を学んだ人々の名簿を末尾にあげ、人々の刻苦を知る道標と明治を解く鍵をも提示している。
弦書房・2376円)
 まつお・りゅうのすけ 1946年生まれ。文筆家。著書『長崎蘭学の巨人』など。
◆もう1冊
 毛利敏彦著『幕末維新と佐賀藩』(中公新書)。西洋先進技術を大胆に導入しながら、薩長とは一線を画した佐賀藩の真価を見直す。
    −−「書評:幕末の奇跡 <黒船>を造ったサムライたち 松尾 龍之介 著」、『東京新聞』2015年8月16日(日)付。

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幕末の奇跡 《「黒船」を造ったサムライたち》
松尾 龍之介
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