覚え書:「書評:ツンドラ・サバイバル 服部 文祥 著」、『東京新聞』2015年08月23日(日)付。

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ツンドラ・サバイバル 服部 文祥 著  

2015年8月23日
 
◆極寒の旅 出会いに昂ぶる
[評者]関野吉晴=探検家・医師
 「持参食を減らし装備も最低限にして、登山に占める自分の能力の割合を増やし、自然環境のプレッシャーとリスクを受け入れる。それがサバイバル登山の柱である」と言う。「山に対してフェアでありたい。…生命体としてなまなましく生きたい」と思ったからだ。新しく刺激的な登山のスタイルを、今の時代に服部はもたらした。
 世界第二の高峰K2に登頂した時、粗末な装備で荷揚げを黙々とするポーターたちの姿に服部は魅せられる。その後、国内で単独でのサバイバル登山を始める。夏はイワナや山菜を採り、冬は銃でシカなどを射(う)ちながらだ。
 本書ではまず奥秩父南アルプス、北海道、四国での、夏・冬のサバイバル登山を取り上げる。やがて十年目にしてサバイバル登山はロシア極東北極圏縦断の旅に向かう。途中、チュクチ人遊牧民ミーシャに出会い、旅を共にする。テレビ撮影のため多くのスタッフが同行した。ロシア人グループ、撮影隊、服部とミーシャの三グループはそれぞれ思惑が違う。服部は同行者の性格を見抜き、行動を観察し、絡まった思惑をほどきながら、新種のイワナが生息する隕石(いんせき)湖に向かう。
 進むとともに言葉のハンディを乗り越えて服部とミーシャの絆は強まっていく。この二人と、やわでプライドだけ高い白人たちの間の齟齬(そご)が鮮明になるのだが…。自身や周囲の人間との行動、心理描写が巧みに展開される。服部とミーシャの獣や魚に対する態度、料理の仕方や味覚に対する違いが興味をそそる。もともと文章には定評があるが、文芸誌に小説「K2」を発表して、筆力はさらに高まった。
 無事目的地に着き、目当ての魚も釣り上げた。だが、この旅での一番大きな収穫はミーシャとの出会いのドラマだ。ぞっこん惚(ほ)れ込み、「世界は生きるに値する」「この世界はとんでもなく面白い」とまで言わせている。世界中にミーシャがいる、と昂(たか)ぶった服部が次に何をするのか期待したい。
 (みすず書房・2592円)
 はっとり・ぶんしょう 1969年生まれ。登山家。著書『百年前の山を旅する』。
◆もう1冊 
 布川欣一著『明解日本登山史』(ヤマケイ新書)。近代以前の登山からアルピニズムや現在の登山ブームまでの歴史を年表と共に概観。
    −−「書評:ツンドラ・サバイバル 服部 文祥 著」、『東京新聞』2015年08月23日(日)付。

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