覚え書:「今こそ言わねばならないこと 有識者6人の論点」、『東京新聞』2015年09月18日(金)付。

Resize3771

        • -

今こそ言わねばならないこと 有識者6人の論点

 安全保障関連法制の国会審議が大詰めを迎えている。本紙は特定秘密保護法や安保法制について市民や学者、文化人らが語る「言わねばならないこと」を随時掲載してきた。特別編として、今こそ「言わねばならないこと」を六人の有識者に聞いた。
 「言わねば−」は、戦前に軍部を痛烈に批判した反骨の新聞記者として知られる桐生悠々(きりゅうゆうゆう)の言葉。悠々は本紙を発行する中日新聞社の前身の一つ、新愛知新聞などで主筆を務めた。「言いたい事」と「言わねばならない事」は区別すべきだとし「言いたい事を言うのは権利の行使」だが、「言わねばならない事を言うのは義務の履行」で「多くの場合、犠牲を伴う」と書き残している。
 特別編で憲法学者の長谷部恭男氏は「立憲主義に対する正面からの挑戦としか言いようがない」と批判。歴史家の保阪正康氏は「非軍事主義を軸にした日本の戦後民主主義が崩れつつあり、『準戦時体制』へと移行するということだ」と位置付けた。
 作家の高橋源一郎氏は若者のデモを挙げて「『おかしい』と思ったら粛々と声を上げていく。それこそが民主主義です」と指摘。全日本おばちゃん党の谷口真由美氏は民意の視点から「これを契機に日本人は口うるさい有権者にならないといけない」と語った。
 作家の高村薫氏は政府側の国会答弁について「政治家が言う『丁寧な説明』という言葉に、虫ずが走るようになった。『丁寧』が丁寧でなく、『説明』も説明になっていない」と批判。紛争解決請負人の伊勢崎賢治氏は「(過激派組織に)日本を攻撃する口実を与える。そうなれば狙われるのは原発だ」と述べた。
    −−「今こそ言わねばならないこと 有識者6人の論点」、『東京新聞』2015年09月18日(金)付。

        • -

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015091802000122.html



        • -

【言わねばならないこと】

<特別編>歴史 繰り返すのか 歴史家・保阪正康

◆日本「準戦時体制」へ移行
 安全保障関連法制の成立が意味するのは、憲法の非軍事主義を軸にした日本の戦後民主主義が崩れつつあり、「準戦時体制」へと移行するということだ。
 戦争が起きるまでには過程がある。十段階の真ん中くらいに国交断絶があって、最後が武力衝突だ。それは外交で回避できるというのが、戦後の日本が選んできた道だった。
 それなのに、この法制を進めようとする人は、脅威を強調して、明日にも戦争が起こるようなことを言う。論理が逆立ちしている。多くの国民が反対するのは、そのおかしさを感じているからだ。
 僕は国会審議を見ていて、たった一つの結論に落ち着いた。司法、立法、行政の三権が独立して、民主主義の体制は維持されるのだが、行政つまり内閣が、他の二つを従属させようとしているんだね。それはファシズム(独裁)だ。
 安倍晋三首相は、審議を国会にお願いしている立場で、野党議員に「早く質問しろよ」とやじを飛ばした。元最高裁長官が、一九五九年の砂川事件判決は集団的自衛権行使の根拠にならないと言っても、聞かない。これは立法、司法の積み重ねの軽視だ。何より憲法を解釈で変えて、平然としているのが一番怖い。
 答弁に立つ安倍さんが軍服を着ているように見える。一九三八年、日中戦争の体制強化のため、政府に人的・物的資源の統制を認めた国家総動員法案が衆院委員会で審議された。このとき答弁に立った陸軍の幕僚は、議員の抗議を「黙れ!」と一喝した。
 この単純さ、明快さは安倍さんと共通している。自分の信念はあっても、歴史認識が著しく欠けているから、集団的自衛権行使を火事の例え話で説明したりできる。
 僕は延べ四千人の軍人などに取材をしてきた。特攻隊の七割は学徒兵や少年飛行兵。エリートではない庶民だった。かつての軍事主導体制は人間を序列化し、死の順番を決めた。
 戦争の怖さは、今までとは違う価値観の社会空間が生まれることだ。国家総動員法のような法律が必要とされ、メディアも統制される。文科系学部で学ぶヒューマニズムシェークスピアなんて、役に立たない。軍に都合が良い人間が優先され、日常が崩されていく。
 だから歴史に学び、感性を養わないといけない。「戦争反対」と言うけれど、みんな何に反対しているの。この国に再び、かつてのような戦争の倫理観をつくらせちゃいかん、というのが僕の信念だ。
 今、若者のデモで「民主主義が終わったのなら、また始めればいい」と言っているという。彼らは直感的に鋭いことを言っている。僕も全面的に賛成だ。
 確かに、七十年続いた戦後民主主義は、崩れようとしているのかもしれない。でもいつかは変えなくてはいけない。米国型でも、戦後でもない、新しい日本のデモクラシーをつくればいい。その根幹は、決して国家に隷属せず、対等な関係にあるシビリアン(市民)の姿勢だ。この国の体制にシビリアンの声をもっと生かしてほしい。
 戦後民主主義は強者の論理でもあった。競争社会はエネルギーを生むが、貧困などで敗者が増えると、社会不安を巻き起こす。もっと日本的な禁欲さや勤勉を受け継いだ、デモクラシーがあってもいい。
 今回、安倍さんは国民に改憲の危険性を教え、改憲を遅めたと思う。民主主義がどれだけ日本人に根付いたのかが試されている。いうなれば、準戦時体制に移行しようとする動きと、それを骨抜きにしようと新しいデモクラシーをつくるせめぎあいだ。僕は後者に勝ってほしいと痛切に願っている。
<ほさか・まさやす> ノンフィクション作家。1939年、札幌市生まれ。同志社大卒。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。昭和史の実証的研究のために、これまで延べ4000人に聞き書き調査をし、執筆活動を続けている。2004年、菊池寛賞を受賞。近著に「戦場体験者 沈黙の記録」(筑摩書房)など。

        • -


東京新聞:<特別編>歴史 繰り返すのか 歴史家・保阪正康氏:言わねばならないこと:特集・連載(TOKYO Web)


Resize3776

Resize3777


Resize3778