覚え書:「特集ワイド:続報真相 安保法案が壊したもの 安倍さん、これが『美しい国』ですか?」、『毎日新聞』2015年09月18日(金)付夕刊。

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特集ワイド:続報真相 安保法案が壊したもの 安倍さん、これが「美しい国」ですか?
毎日新聞 2015年09月18日 東京夕刊


(写真キャプション)これで安倍晋三首相の理想とする「美しい国」に近づいた?=首相官邸で2015年9月15日、木葉健二撮影

 安全保障関連法案は参院特別委で採決が強行、可決された。全国各地でわき上がる反対運動は、審議を通じて浮上した「壊されたもの」への抗議に他ならない。翻って安倍晋三首相は自著のタイトル「美しい国へ」(2006年)が国家観のキャッチフレーズだ。「破壊」の先にどんな「美しい国」が待っているのだろうか。【江畑佳明、葛西大博】

 ◇政治の「土俵」人事で崩す、憲法の対極にある性悪説

 17日夜。国会前ではおびただしい数の人々が安保法案反対集会に参加した。そこからは「憲法守れ!」「戦争反対!」という声が何度も響き渡った。この怒りは安保法案だけによるものだろうか。

 上智大教授(政治学)の中野晃一さんは「安倍首相は、政治を行うための『土俵』を壊した。デモの背景には、これに対する怒りがあるのではないか」と言う。

 「民主党の勢力後退によって自民党1強となり、政党政治のバランスが崩れました。自民党におごりが生じ、たがが外れた状態となった。そこで中立的な立場であるべき内閣法制局長官、NHK経営委員らを安倍色に近い人物に交代させました。従来、政権交代があっても手を付けなかった部分です。安倍政権もいつかは終わるし、政権再交代もありえない話ではない。そのときに『ここは手出しをしない』というルール、つまり土俵を保っておかないと、安定した政治の営みができなくなり、国家としての信頼を失ってしまう」と破壊の影響を危惧する。

 そして、09年の政権交代によって野党に転落した自民党が10年に発表した綱領の一節に注目する。

 <政治主導という言葉で意に反する意見を無視し、与党のみの判断を他に独裁的に押し付ける国家社会主義的統治とも断固対峙(たいじ)しなければならない>

 当時の民主党への反論だろうが、今の安倍自民党を見れば、天に向かってツバを吐いている状態ではなかろうか。

 そして、こうも指摘する。「昨年末の衆院選自民党は300近い議席数を得ましたが、実態は低投票率が影響し全有権者の4分の1程度の支持しかありません。それにもかかわらず、自らと異なる野党などの少数意見に耳を貸さない。議会制民主主義を空洞化させる振る舞いです」

 NHKのテレビドラマ「憲法はまだか」(1996年)で日本国憲法の制定過程を描いた脚本家のジェームス三木さんは「平和憲法が戦後70年で最大の危機にさらされている」と言うのだ。

 「日本国憲法性善説に立っている。世界の良識を信頼して、戦争をしないと宣言しているからで、平和憲法と呼ばれるゆえんです。ところが、安保法案は性悪説です。『他国は何をしでかすかわからない』と国民に危機意識を与え、安全にはさらなる抑止力が必要だという論理を展開しています。これはかつての軍部の手法とよく似ている。日本国憲法と対極にある考えです。これではもう平和憲法とは呼べなくなる」

 「憲法はまだか」の中に、当時、政府の憲法問題調査委員会の委員だった東大教授・宮沢俊義の言葉を盛り込んだ。「誇りを持ってこれを平和憲法と名付けたい」。現政権は、先人たちが紡いだ英知からあまりにも目を背け過ぎではないか。

 三木さんは旧満州(現中国東北部)で米軍の空襲を経験した。敗戦後は過酷な環境での逃避行の中、命を落としたり残留孤児となったりした人も多くいた。たどり着いた博多から大阪に向かう途中で、広島の原爆の被害も目の当たりにした。焼け野原からのスタートにおいて、平和憲法は大きな希望であり、誇りであった。「なんとしても平和憲法のバトンを次の世代につながなければならない」。何度もそうつぶやいた。

 これまで何度も指摘されているが、立憲主義とは権力の恣意(しい)的な行使を憲法で抑えるという考えだ。集団的自衛権の限定行使を可能とする憲法9条解釈改憲は「立憲主義違反」との批判が強い。

 明治大教授(憲法学)の浦田一郎さんは今回の安保法案議論の過程で、忘れられない場面がある。

 6月の衆院憲法審査会で憲法学者3人が安保法案を違憲と表明したが、これに対し、自民党高村正彦副総裁は「憲法の番人である最高裁は、憲法9条にもかかわらず、必要な自衛の措置は取りうると言っている。何が必要かは時代によって変化していくのは当然」と断言した。

 浦田さんは「これほどはっきりと立憲主義を無視した発言はない。軽視でなく無視。安倍政権の本質が表れている」と憤る。そもそも憲法99条は国務大臣など公権力を行使する側に「この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と定めている。くどいようだが、「この」日本国憲法の順守を求めているのである。現政権がこの義務をきちんと果たしていると言えるのか。

 「憲法9条は実質的には削除されたも同然の状態になる。安保法案が成立すれば、米国の世界戦略に付き合う形で自衛隊を海外へ出す機会が増えるでしょう。平和憲法が形骸化し、立憲主義も大きくぐらつく」。憲法学者はため息をついた。

 ◇失われる「平和国家」の信頼

 安保法案反対のデモに参加し続ける作家がいる。若いお手伝いさんの視線で戦時中の社会を描いた「小さいおうち」で知られる中島京子さんだ。「2、3年前までのデモは、労働組合や年配の方が多く、個人だと少し疎外感を味わう雰囲気でした。けれど最近は個人参加の主婦や若者が思い思いのプラカードを持ち、民主主義が根付いてきたと感じます」と語る一方、安倍政権に対しては「私の大切な日本が壊されていく気がする」と嘆くのだ。

 以前、米国に住んでいたとき、パレスチナ人の友人ができた。ヨルダン出身のその人は言った。「私の国の橋や病院など立派な建物は、みんな日本が造ってくれた。ヨルダンの人は日本が大好きなんですよ」と。「私たちの税金から成るODA(政府開発援助)がそうしたところで役立ち、喜ばれていると知ったんです。それなのに安保法案が成立したら、非軍事的な貢献によって築いてきた国際的な信頼が揺らいでしまう」と怒りをにじませる。

 「日本には平和国家のイメージがある。安保法案はそれを壊します。解釈で憲法を壊し、戦後日本が培った平和ブランドを壊そうとしているのが現政権です。民主的な平和国家である日本を壊さないでほしい。安倍首相には憲法順守義務を自覚してほしいです」

 平和国家としての信頼を失う−−。それはイメージダウンだけでは済まないようだ。

 元外交官で日本赤十字看護大教授(国際人道法)の小池政行さんは、中学・高校で安倍首相の3年先輩だ。そして外交官のとき、安倍首相の父・安倍晋太郎氏が外相で、晋三氏は秘書官だった。小池さんは外相に同行する形で、安倍首相と一緒に何度か外遊に出かけた経験がある。

 小池さんは「法案成立によって米国追随路線が顕著になれば、専守防衛が失われ、これまで築いた平和外交路線が完全に壊れます」と断言する。「日本がこれまで国際社会の中で築いてきた信頼を安倍政権は壊そうとしている。日本は戦後70年間、自分たちの軍事力で外国人を殺していないことで各国の尊敬を得ている。軍事面での経済的負担が少なく、人命も失われない。そういう国であり続けるべきなのです」と力説する。

 「自衛隊が海外に行って後方支援を本格的にやれば必ず死者が出ます。これまでPKO(国連平和維持活動)などで死者がなかったのは、駐屯地からほとんど出ずに周囲に英国軍などがいる環境だったから。新たに武器などを輸送する兵たん業務を担うことになった自衛隊は攻撃対象となり、そうなると死者が出ることは免れない」

 安倍首相の「美しい国へ」にはこんな記述がある。

 <日本の国は、戦後半世紀以上にわたって、自由と民主主義、そして基本的人権を守り、国際平和に貢献してきた。(略)日本人自身がつくりあげたこの国のかたちに、わたしたちは堂々と胸を張るべきであろう。わたしたちは、こういう国のありかたを、今後もけっして変えるつもりはないのだから>

 平和国家のかたちを崩しても「国のあり方を変えていない」と強弁するのか。

 憲法や民主主義が軽んじられ、血も流れる−−。そんな「美しい国」などご免だ。
    −−「特集ワイド:続報真相 安保法案が壊したもの 安倍さん、これが『美しい国』ですか?」、『毎日新聞』2015年09月18日(金)付夕刊。

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