覚え書:「文化の扉:はじめての保守 日本、独特の『ねじれ』内包」、『朝日新聞』2015年09月27日(日)付。


        • -

文化の扉:はじめての保守 日本、独特の「ねじれ」内包
2015年09月27日

はじめての保守<グラフィック・竹田明日香>

 保守と革新、右翼と左翼など、とかく政治の世界は分類好きだ。とりわけ保守は「守旧」の意味で用いられる一方、最近では「保守の革新を」なんて言われることも。保守って何?

 政治用語の保守を生んだのは、近代の始まりを告げたフランス革命とされる。「自由・平等・友愛」を掲げ、個人が対等に政治参加することを目指した革命だが、その過程で、王政を保とうとしたのが保守、王政を倒そうとした勢力が革新だった。そんな革新勢力に真っ向から反対したのが「保守主義の父」、エドマンド・バークだ。対岸の英国で書かれた「フランス革命省察」に、こうある。

 「物事をこれまでとは正反対にするというのも、安直さにかけては、すべてをぶち壊すのといい勝負である。前例のないことを試すのは、じつは気楽なのだ」(佐藤健志訳、PHP刊)

 いかにも頑固おやじが現状維持を掲げているようにみえるが、この書が後世に残ったのは革命の行く末を的確に見据えていたから。急進的改革でフランスは混乱の極みとなり、いずれ軍人による独裁を招くと。そう、ナポレオンだ。

     *

 「保守」とは、広辞苑によると「たもちまもること」、反対語に「革新」とある。近年、日本の政治家の言葉にも「変える」「ぶっ壊す」がはやっている。革新派が増えたのか。

 「日本では保守という言葉に、ねじれがありますね」と話すのは「戦後日本の国家保守主義」を著した上智大の中野晃一教授(比較政治学)だ。日本の近代が始まった明治維新でいえば幕府を守るのが保守、新政府は革新だが……。

 「明治“維新”は王政“復古”を伴った。前近代に起源を持つ階層を維持する意味で保守なのに、後発国として国家主導の下に近代化改革を進めた。いわば、革新性を内包する保守が生まれた」。国の役割も日本は独特という。「英米の保守は個人の思想信条や経済活動などは、宗教や市場に任せろという考えなのですが、日本の保守は戦後に至っても、国家が個人を主導する考えが残っています」

     *

 個人に重きを置く保守思想の持ち主に福田恆存(つねあり)がいる。革新勢力に疑義を呈し続けた評論家だ。

 「福田恆存 思想の〈かたち〉」を書いた文芸評論家の浜崎洋介さんは、「いま」に力点を置く福田の態度に保守の本質をみる。近代は、人々が旧来の共同体から離れて自由に生きることを称揚した。しかし、根っこのない人々による共同体は、どこか不安定で空虚だ。そのため、あるものは未来の理想社会を構想し、またあるものは過去の共同体を理想化する。

 「福田はまず、いまの自分を構成しているのは何かを考えた。それは自然や言葉や歴史でした。これを壊そうとする革新を批判する一方、過去を理想化する復古も嫌った。自らの立脚点(いま)がどこかを考え抜かないと道は開かれないという思想が保守なんです」

 さらに福田は、こんな言葉も残している。「保守派はその態度によつて人を納得させるべきであつて、イデオロギーによつて承服させるべきではない」

 (野波健祐

 <読む> 『日本の保守思想』(西部邁、ハルキ文庫)は、福沢諭吉夏目漱石から福田恆存吉本隆明まで、「日本の保守思想の流れにあって、言論界から少々目立つ誤解を受けていると思われてならない」(あとがきから)知識人13人の思想をたどる。日本思想の右も左もわからない人には、『昭和の思想』(植村和秀、講談社選書メチエ)や『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、同)もおすすめ。

 福田恆存入門には『人間の生き方、ものの考え方』(文芸春秋)を。1962〜80年に、学生に向けて行われた講義録だ。

 ■自由だけでなく役割を 北海道大大学院准教授・中島岳志さん

 大学卒業の時期が就職難という、ロスジェネ世代です。冷戦が終わって戦後の価値観が変わり、左寄りの論理が説得力を失うなか、右寄りの論壇誌を読むとアンチ左翼の言説しかない。そんなころ、保守の論客と言われる福田恆存を読みました。

 最も影響を受けたのは『人間・この劇的なるもの』です。福田は、人は本質では自由なんて求めていないのではないかと書く。では何を求めているのかといえば、自分がいなければ時間が停滞するという実感で、特定の役割を果たし、役割を果たす自分を味わうことこそが人間の生きがいだと言う。これは交換可能性を常に突きつけられる派遣労働のようなあり方を根源から批判しているように見えた。

 福田は、人間の理性が完全な世界を作り出せる、とは考えない。不完全な人間は、過去に依拠しながら、微調整を繰り返すしかないと考えた人なんです。

 ◇「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「スター・ウォーズ」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
    −−「文化の扉:はじめての保守 日本、独特の『ねじれ』内包」、『朝日新聞』2015年09月27日(日)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S11985306.html


Resize3946


Resize3856