覚え書:「特集ワイド:広がるか「落選運動」 強引な政治に憤る有権者 強硬手段で「反撃」」、『毎日新聞』2015年10月08日(木)付夕刊。

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特集ワイド:広がるか「落選運動」 強引な政治に憤る有権者 強硬手段で「反撃」
毎日新聞 2015年10月08日 東京夕刊

 とかく日本人は既成事実に弱いといわれる。しかし、安倍晋三政権が強引に成立させた安全保障関連法に対しては、「違憲」「反対」の声は収まるどころか、さらに強まる気配だ。野党共闘違憲訴訟の行方と並んで、今後注目されるのが、来年夏の参院選で安保関連法に賛成した議員を落とそうという「落選運動」。どのような運動なのだろうか。【石塚孝志】

 ◇未成年者も参加OK/候補者2人の選挙区なら公選法に抵触?

 「ぜひ皆さんに考えてほしいのですが、落選運動をしませんか」。参議院で安保関連法案の審議がスタートする前の7月24日、国会前に集結した市民や学生らを前に、高橋哲哉・東京大大学院教授(哲学)が声を強めた。「安全保障関連法案に反対する学者の会」の呼び掛け人の一人である高橋氏の提案には、学生が中心の「SEALDs(シールズ)」も同調する動きを見せている。現段階で落選運動の実施を正式に表明した団体などはないが、落選運動が広がる下地はありそうだ。

 安保関連法が成立した今も、高橋氏は落選運動の意義を熱く語る。「安保関連法の問題点は、内容が憲法違反であるだけでなく、立憲主義に反し、憲法の改正手続きにのらないで憲法上禁止されていることを認めたという二重の憲法違反なのです。99条の国会議員ら公務員は憲法を尊重し擁護するという義務に違反している。国会議員の資格がないということをはっきりさせるべきです」

 具体的には次のように提案している。まず、安保関連法になぜ賛成したのか▽憲法違反との指摘にどう考えるのか▽立憲主義に反するとの指摘にどう考えるのか−−この3点を基本に公開質問を行う。その結果をインターネットで公開するというものだ。「安保関連法を廃止するためには落選運動だけで十分ではありませんが、まずは賛成した議員一人一人を“撃破”することから始めたらいい」と高橋氏は語る。

 落選運動公職選挙法に抵触しないのか。すなわち選挙違反にならないのだろうか。岩渕美克・日本大大学院教授(政治学)はこう解説する。

 「落選運動は、特定の候補者の落選を促す政治活動なので、選挙運動ではないと解釈されています。極端に言えば、選挙運動が法で禁止されている公務員や未成年にも認められ、今日からでも始めることができます」。ネット選挙が解禁された2013年の改正公選法ガイドラインでも「何ら当選目的がなく、単に特定の候補者の落選のみを図る行為である場合には、選挙運動には当たらないと解されている」としている。一方で、これまで落選運動があまり注目されることがなく、問題が表面化することはなかったが、岩渕氏は“落とし穴”もありそうだと付け加える。

 例えば、ある選挙区で立候補者が2人しかいないケース。特定の候補者を落とそうとする運動が、もう1人の候補者を当選させる目的がある、と解釈されないのか。岩渕氏は「落選者らが司法に訴えた場合、公選法に照らすとグレーな部分があると判断されるかもしれない。司法は、落選運動があまりにも大きく広がり、結果として特定の候補者の当選につながることになれば、選挙運動に該当すると判断するかもしれません」と説明する。司法判断は、社会情勢に影響される部分が否定できないからだ。

 選挙に影響を及ぼすとの懸念もある。落選させたい候補者がいても、受け皿になる候補者がいない時、棄権が増えて投票率の低下を招くかもしれないからだ。また、米国のネガティブキャンペーンのように陣営同士の批判合戦になってしまうことも危惧される。落選運動は微妙な問題も含んでいそうだ。

 落選運動は目新しいものではなく、韓国では00年4月の総選挙で、市民団体が「不正腐敗に関与した」などの理由で、候補者86人を対象に落選運動を展開した。そのうち59人が落選し、威力が注目された。この動きを受けて日本でも同年6月の衆院選を前に、東京や大阪、愛知、静岡などで次々と落選運動を進める市民団体が生まれた。

 当時、東京にできた「市民連帯・波21」が全国に呼び掛けたところ、議員の資質に欠けるなどの理由で320人を超す議員の名前が挙がり、30人の落選候補リストを作成。結果的に6人が落選した。

 同じ取り組みをした「自公保ストップ首都圏ネットワーク」の元共同代表、宮本なおみさん(79)は「確かに数人落選しましたが、どこまで効果があったかは分からない。運動の成功には韓国のように多くの市民が参加する盛り上がりが必要ではないか」と振り返りながら話した。

 市民団体などが行う落選運動を法的に支援する動きも出ている。政治家と金の問題を追及する市民団体のネットワーク「政治資金オンブズマン」の共同代表を務める阪口徳雄弁護士らが、「安保関連法案賛成議員を落選させよう・弁護士の会」(仮称)を近く結成する準備を進めている。

 阪口弁護士は「当面はホームページに落選運動の解説や立憲主義に反する議員の言動などの情報を掲載し、有権者落選運動を呼び掛ける。また、全国からの情報が集まるサイトの開設も検討します。情報収集に向けては、できれば落選運動を行う大学教授や学生のグループ、各市民団体の全国連絡会議を作りたい」と話す。

 さらに、これまで政治資金の使途などに問題があった国会議員を刑事告発した経験を生かし、安保関連法に賛成した議員の金の問題を洗い出して公表し、落選運動を活性化させる考えもあるという。

 有権者落選運動に注目する背景には何があるのか。岩渕氏は「選挙に勝ったから何でもできるという安倍政権のおごりや強引な政治が行われた結果、有権者も強硬な手段を選ぶようになった」と説明する。

 高橋氏は、有権者を軽く見る政治家の言動への反動と見る。「大阪市橋下徹市長が都構想の問題で『反対なら選挙で僕を落とせばいい』などと繰り返していたこともありました。また、安倍首相は安保関連法について『国民の理解はなくても、いずれ分かる』と民意をバカにしたような発言をした。それならば落選させてやろうじゃないかという有権者の憤りがあるのではないか」。粗雑な政治手法が、強力なカウンター(反撃)を生んだという見方だ。

 岩渕氏は「落選運動が、政治に関心がなかった人々を変えるきっかけになれば評価したい。また、大事なことは、選挙の時だけではなく、政治家に対して『私たちは監視している』『当選したからといって政治家の好き勝手にはさせない』と常に意識させることなのです」と、落選運動がもたらす効果に期待する。

 落選運動が、民意を無視する政治家をけん制する有権者の武器になるのか。その試みは始まったばかりだ。
    −−「特集ワイド:広がるか「落選運動」 強引な政治に憤る有権者 強硬手段で「反撃」」、『毎日新聞』2015年10月08日(木)付夕刊。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20151008dde012010003000c.html





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