覚え書:「今こそ火野葦平:兵隊に寄り添い、人間に迫る」、『朝日新聞』2015年10月19日(月)付。

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今こそ火野葦平:兵隊に寄り添い、人間に迫る
2015年10月19日

火野葦平
 兵隊に人間の本質をみた作家。生涯、戦争と向き合い続けた生き様に注目したい。

 「兵隊作家」と言われる火野葦平は、戦場の兵隊を通して「戦争」を考え続けた。時代の波にのまれ、時にたくましく、時におびえる姿は、人間そのものだ。現代の我々と変わらない姿がそこにある。

 火野は日中戦争の勃発から太平洋戦争ログイン前の続き末期まで断続的に従軍。30代の大半を戦地で送った。従軍体験を元に「麦と兵隊」「土と兵隊」「花と兵隊」の兵隊3部作を相次いで発表した。

 「一人の中年の女は瀕死(ひんし)の重傷を負い、道路傍に赤ん坊が投げ出されている、と云(い)うのである」「その悲しげな赤ん坊の泣き声が耳につき、兵隊はいやな気持になった」「いやでも兵隊達に故郷のことを思い出させたのだ」(「土と兵隊」)

 広大な中国大陸を炎天下、また極寒の中、時に泥水の中だろうと兵隊はひたむきに進んでいく。派手な戦闘やドラマチックな展開はあまりない。ルポルタージュのように下級の兵隊の人間性に焦点を当てた筆致が特徴だ。

 兵隊の息づかいが伝わる作品に、銃後の国民は夢中になった。3部作は300万部ほどを売り上げた。

 「火野葦平論」の著者、京都大学名誉教授の池田浩士さんは「地元の北九州で家業は沖仲仕(おきなかし)。港湾労働者たちと労働組合を結成して闘うなど、懸命に生きる下層労働者へのまなざしが、創作の原点。兵隊の中に彼らと同じものを見たのだろう」と指摘する。

 ただ火野の作品には、戦争のもたらす兵隊の残虐性が描かれていないとの批判もつきまとう。

 石川達三の「生きてゐる兵隊」が1938年に発禁処分を受けるなど、表現への締め付けが強まっていく時代だった。「さまざまの制約があって、戦地で文学作品を書くことは不可能に近い」と火野も認めるように、軍の検閲で削除された部分もある。

 しかし、火野はむしろ兵隊の残虐性は「兵隊の姿を借りた人間像であって、兵隊として象徴されるカテゴリーには入(はい)らな」いと主張し、兵隊に寄り添おうとする。

 戦後、公職追放を受け、「戦争作家」の名声は一変する。しかし火野は、従軍して間もなく書いた「麦と兵隊」の前書き「戦争について語るべき真実の言葉を見出(みいだ)すということは、私の一生の仕事とすべき価値のあることだ」との言葉通り「戦争」を書き続ける。

 終戦間近のインパール作戦への従軍体験を元に「青春と泥濘(でいねい)」を50年に刊行。関西大学の増田周子教授(日本近代文学)は「終戦間もない時期で、生々しい戦争の記憶に触れたくないという人が多かったが火野は書いた。使命感に駆られていたのだろう」。

 そして59年に雑誌に連載した最後の作品で、自らの戦争責任と向き合う。終戦前後の自身をモデルとした小説「革命前後」だ。

 作品中、元兵隊から「あんたが勝つ勝つというもんじゃから、わしらほんとうかと思うて、一所懸命にやって来たんじゃ」と詰め寄られ、「大東亜共栄圏」について連合国軍総司令部(GHQ)から問われると「軍閥の魂胆や野望などを看破する眼力がなく、自己陶酔におちいっていて、墓穴を掘ったのでしょう」と答える。

 そして連載後ほどなくして、火野は自ら命を絶った。

 池田さんは「戦中の作品に描かれなかった部分まで考えながら読んで欲しい」と話す。火野は実際のGHQの聴取では次のように述べている。「(軍人の腐敗を見て)負けたことが却(かえ)って国民にとって幸福だ」(塩原賢)

 <足あと> ひの・あしへい 1906年生まれ。本名・玉井勝則。38年、没落した豪農がくみ取り業に転じた悲哀をユーモラスに描いた小説「糞尿譚(ふんにょうたん)」で芥川賞を受賞。戦後、両親がモデルの「花と龍」を発表。53歳で「或(あ)る漠然とした不安のために」との遺書を残し、この世を去った。13回忌の時、自殺だったと明かされた。

 <もっと学ぶ> 「火野葦平選集」全8巻(東京創元社)は、火野の生前に編集され、本人による解説も詳しい。三男・玉井史太郎氏による「河伯洞(かはくどう)余滴」(学習研究社)は、火野の自殺前後の様子や公表に至った経過も分かる。

 <かく語りき> 「歩きながら思つた。いつたい誰が戦はうとしてゐるのだ」「附近の森の中を敗惨兵狩り。(中略)曹長刀をふり、大得意である。つまらない兵隊だと思つた」(火野のメモ「従軍手帖」から)

 ◆過去の作家や芸術家などを学び直す意味を考えます。次回は米国のジャーナリスト、ウォルター・クロンカイトです。
    −−「今こそ火野葦平:兵隊に寄り添い、人間に迫る」、『朝日新聞』2015年10月19日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12022931.html





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