覚え書:「今こそウォルター・クロンカイト:貫いた客観報道、全米視聴者が信頼」、『朝日新聞』2015年10月26日(月)付。

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今こそウォルター・クロンカイト:貫いた客観報道、全米視聴者が信頼
2015年10月26日

ウォルター・クロンカイト=AP、2005年
 米国の伝説のキャスター。時に権力とせめぎ合うテレビジャーナリズムの原点とは。

 テレビニュースをめぐっていま日本では「政治」の側からの牽制(けんせい)や威圧発言が飛び出し、視聴者は報道の真意を探るように画面を見つめている。なぜ心をつかめなくなったのか。米CBS「イブニング・ニュース」のアンカーマログイン前の続きンを長く務め、世論調査で「アメリカで最も信頼される男」に選ばれたウォルター・クロンカイトの軌跡をたどりたい。

 その歩みは、映像と即時性を持つ新しいメディアとしてテレビが圧倒的な力を確立した黄金期に重なる。1963年のケネディ大統領暗殺では涙をこらえて臨時ニュースを伝える姿が共感を呼び、69年のアポロ11号の月面初着陸の際には27時間半にわたる実況をした。米国民はクロンカイトを通して歴史的ニュースを目撃した。派手さはなく、落ち着いた語り口に信頼感と安心感があった。

 ジャーナリストの筑紫哲也も尊敬し、自身のニュース番組での「今日はこんなところです」という締めの言葉は、クロンカイトの「That’s the way it is」をモデルにしたものだった。

 客観報道に徹し、個人的な意見を放送で述べなかったクロンカイト。だが、68年のベトナム戦争時は違った、と自伝で明かしている。

 終結間近という軍の主張とは裏腹の泥沼化に、国民には幻滅と絶望が広がっていた。そんな中、自ら戦場を取材し、特別番組を放送した。事実に立脚したニュースを淡々と伝えた後、最後に「これから述べることは私個人の意見であり、ここで表明するのは今が尋常なときでないからである」と前置きした上で、こう述べた。

 「アメリカはこの戦争に勝つことはできない。交渉によって解決すべきだ」。反対を表明する趣旨だった。この発言にジョンソン大統領が「クロンカイトを失ったということは、アメリカの主流を失ったも同然だ」とつぶやいたとされ、5週間後に北爆の一時停止を発表、次期大統領選への不出馬も表明した。

 クロンカイトの晩年にインタビューしたBS―TBS「週刊報道LIFE」キャスターの松原耕二さんは「戦争への懐疑的な空気も背景にあったと思うが、日頃から事実を伝え続けてきた信頼感と積み重ね、そして自らの目で現場を確かめた説得力があったからこそ、いざという時の言葉にかつてない重みが増した」とみる。

 松原さんがクロンカイトを取材したのは、イラク戦争が始まり米国に愛国ムード漂う頃。「もし今アンカーマンだったら」との質問に、明言したという。「中東でも、私がベトナム戦争について言ったことを繰り返すでしょう。米軍はイラクから撤退するべきだ」

 メディアと政治に詳しい慶応大の大石裕教授はキャスターの役割について「感情的な盛り上がりと理性的な立場とを行き来しながらも、冷静に社会を見通す必要がある」と話す。映像で感情に訴えるテレビの影響力は、メディアが多様化した現代でも非常に強い半面、公平性を意識することから明確な主張がしにくく、「権力との距離を常に気にするメディア」と指摘する。

 報道規制は、湾岸戦争以降強まった。日本でも、小泉劇場や現在の安倍政権など、権力側のメディア戦略と報道の攻防が繰り返される。時代は変わった。だからこそ、原点ともいえるクロンカイトの言葉をかみしめたい。「独裁政治台頭の最初の兆候は、間違いなく言論の自由に対する介入という形で現れる」「報道の自由は、民主主義社会の中枢神経である」

 (佐藤美鈴)

 <足あと> Walter Cronkite 1916年、米ミズーリ州生まれ。テキサス大学を中退してジャーナリズムの世界に入り、地方新聞やラジオ局、通信社で働く。第2次世界大戦でノルマンディー上陸作戦などに従軍、モスクワ特派員も務めた。50年にCBSに入社し、62年からイブニング・ニュースのアンカーマンを19年間担当。その後も後進の育成にあたり、2009年に92歳で他界した。

 <もっと学ぶ> 自伝「20世紀を伝えた男 クロンカイトの世界」(浅野輔訳、TBSブリタニカ)がある。動画サイトで当時の映像が見られる。

 <かく語りき> 「民主主義を守るためには、隠されたものにこそ、光を当てなければならない。ドアの向こう側に閉じこもったり、他人を寄せつけようとしない人間にこそ監視の目を向けないといけない」(1981年の日本での講演から)

 ◆過去の作家や芸術家などを学び直す意味を考えます。次回はスウェーデンの児童文学作家、アストリッド・リンドグレーンです。
    −−「今こそウォルター・クロンカイト:貫いた客観報道、全米視聴者が信頼」、『朝日新聞』2015年10月26日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12035087.html





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