覚え書:「今週の本棚:藻谷浩介・評 『田園回帰1%戦略−地元に人と仕事を取り戻す』=藤山浩・著」、『毎日新聞』2015年10月18日(日)付。

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今週の本棚:藻谷浩介・評 『田園回帰1%戦略−地元に人と仕事を取り戻す』=藤山浩・著
毎日新聞 2015年10月18日 東京朝刊
 
 (農文協・2376円)

 ◇幸せで美しい人生送る日本人増やせ

 最近唐突に発表された「アベノミクス・新3本の矢」(GDP600兆円、合計特殊出生率1・8、介護離職ゼロ)は、掲げられた数字が空想的に過ぎて、諸方面から「スルーされて」いるように見える。新聞にも雑誌にも、ネットの各種ブログにも、賛同はもちろんだが非難する言及さえも少ない。株式市場も無反応だった。

 だが、出生率や介護問題がここに至って表舞台に上がってきたこと自体は興味深い。「現役世代が減り続け高齢者が急増している日本のような国では、幾ら金融緩和をしようとも順調な経済成長は難しい」という理解が、政権内にもようやく広まっているのだろうか。

 だがそうなのであれば、合計特殊出生率が1・2程度しかない首都圏への若者の流入が、日本の少子化を加速させているという構造問題をどう考えるのだろう。しかも首都圏一都三県では、高度成長期に全国から集まったかつての「ヤング」世代の加齢で、2010−40年の30年間に高齢者が53%と急増する(首都圏以外は24%増)。別の言い方をすれば、同じ30年間に日本で増加する高齢者の4割強は首都圏民だ。相応する医療や介護の体制整備にお金がかかり続けるので、これではオリンピックスタジアムの建設も、保育所の待機児童の解消もままならない。

 だが希望は、本書の指摘するとおり、地方の片隅の側から湧き始めている。地方都市からも遠い農山漁村や離島、つまり高齢化を極めた田舎の中のそのまた田舎に、都会から30代の若い世代が流れ込み、4歳以下の子供の数の増えている集落が目立ち始めているのだ。この新たな展開を、客観的かつ詳細な数値の分析で初めて実証したのが、島根県在住の研究者にして本書の著者の藤山浩(こう)氏である。昨今一人歩きする「地方消滅」の語と反対方向だが、若者や子供の増える集落はそう簡単には消滅しない。そういう場所が増えていけば「消滅可能性自治体」も消えなくなる。その先にようやく、日本全体の縮小が止まる未来があるのだ。

 著者がこの本で示す解析手法を用いれば、「どのくらいのスパンでどのくらいの数の移住者を受け入れれば、自分の集落の人口を長期的に維持できるか」が計算できる。毎年、人口の1%に当たる移住者を受け入れれば、多くの過疎地で人口減少は止まる。そのために必要なのは、地域外に流出してしまっている所得を毎年1%ずつ取り返していく戦略と、移住者を受け入れ活(い)かす人的つながりの再構築戦略だ。人口の話を入り口に地域内の見えないネットワークの再生に至る、厚みのある地域再生の本道が、無数の図版と豊富な事例による例証を伴って、本書には余すところなく詳述されている。これは文字通り、地域再生の分野の書籍の、決定版の中の決定版だ。すべての地域振興関係者に精読を請いたい。

 ただし著者はこうも語る。「人口は人生の数に他ならない。幸せで美しい人生を一人一人が享受することが一番大切だ」と。出生率の高い田園への若い世代の回帰は、結果として日本の人口減少への歯止めにもなるが、それよりも何よりも、幸せで美しい人生を送る日本人を一人でも多く増やすことになるところにこそ、その真の意味があるのだ。

 本書に言及はないが実は著者自身も、島根県の西端近く、日本一の清流と言われる高津川の岸辺の高台にお洒落(しゃれ)な居を構え、四季折々の魅力を満喫する言行一致の生活を送っているという。その姿は、自然に恵まれた日本列島に住む我々一人一人に、新時代の生き方の模範を示しているともいえるだろう。
    −−「今週の本棚:藻谷浩介・評 『田園回帰1%戦略−地元に人と仕事を取り戻す』=藤山浩・著」、『毎日新聞』2015年10月18日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20151018ddm015070032000c.html


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