覚え書:「今週の本棚・この3冊:池波正太郎 清原康正・選」、『毎日新聞』2015年10月25日(日)付。
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今週の本棚・この3冊:池波正太郎 清原康正・選
毎日新聞 2015年10月25日 東京朝刊
<1>真田騒動 恩田木工(池波正太郎著/新潮文庫/724円)
<2>真田太平記 全12巻(池波正太郎著/新潮文庫/810−907円)
池波正太郎が平成二(一九九〇)年に六十七歳で急逝してから、もう四半世紀にもなる。池波作品といえば、今も人気がある三大シリーズ『鬼平(おにへい)犯科帳』『剣客(けんかく)商売』『仕掛人 藤枝梅安(ばいあん)』が先(ま)ず想起される。だが、池波作品を俯瞰(ふかん)すると、信州・松代の真田家に題材を取った初期作品の“真田もの”にも惹(ひ)きつけられる。ここでは三大シリーズをあえて外して、この“真田もの”から取り上げていきたい。
池波正太郎は、江戸時代の前期、徳川幕府より松代藩に密(ひそ)かに派遣された父子二代にわたる隠密の苦悩のさまを描いた『錯乱』で昭和三十五(一九六〇)年に第四十三回直木賞を受賞した。この受賞作の四年前に発表した作品が第三十六回直木賞の候補作となった<1>で、江戸時代中期に松代藩の財政建て直しに尽力した恩田木工(おんだもく)の揺るぎない信念を描き出した名篇である。
藩の苦境を背負って執政職に就任した恩田木工は、「嘘(うそ)をつかぬこと、賄賂をいっさいやらぬこと、倹約につとめること」という三つの誓いを自らの矜持(きょうじ)をかけて守り通して財政改革に取り組んでいく。政治への信頼回復、後世の人々の幸福というモチーフには、池波正太郎が昭和二十一年から三十年まで足かけ十年間の地方公務員(東京都の職員)生活を過ごした体験が生かされている、といってよいだろう。
<2>は、昭和四十九年一月から五十七年十二月にかけて週刊誌に掲載された“真田もの”の集大成ともいうべき大作である。
武田家の滅亡に始まり、関ケ原、大坂の両陣を経て、真田信幸(後に信之)の松代移封に至る四十年間の真田一族の興亡、歴史とのクロスぶりを描いている。知謀の限りを尽くして戦国の激動期を生き抜く昌幸、信幸、幸村の父子はじめ、虚実とりまぜた登場人物の多彩なキャラクターと多様な仕掛けが大きな魅力である。
三大シリーズには浅草に生まれ育った池波正太郎の江戸と戦前の東京の街への哀惜の情がうかがい取れる。エッセイ作品にはそれがより濃厚な形で表出している。<3>は、幼・少年期から青春期あたりまでを振り返った自伝的エッセイ集で、昭和四十三年の一年間、月刊小説誌に連載され、翌年に毎日新聞社から刊行された。小学校を卒業後、株屋の店員や旋盤工を経て海軍での軍隊生活を体験した池波正太郎が、どんな青春期を過ごしたか。池波作品を味わう上で貴重な補助線を示してくれるエッセイ集である。
−−「今週の本棚・この3冊:池波正太郎 清原康正・選」、『毎日新聞』2015年10月25日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20151025ddm015070013000c.html