覚え書:「<異例の政治批判>放送の規制強化、BPOに危機感」、『毎日新聞』2015年11月16日(月)付。

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<異例の政治批判>放送の規制強化、BPOに危機感
2015年11月16日

(写真キャプション)意見書について説明するBPO放送倫理検証委員会の委員たち=東京都千代田区で6日、須藤唯哉撮影


 NHK「クローズアップ現代」のやらせ疑惑を巡り、放送倫理・番組向上機構BPO)の放送倫理検証委員会(委員長・川端和治弁護士)が6日、意見書を公表した。NHKに対し「重大な放送倫理違反があった」と指摘する一方で、この問題などを理由にした政府や自民党の動きを「圧力」と厳しく批判した。検証委が政治批判に踏み込んだ背景には、政府による放送の規制強化の流れがある。【丸山進、須藤唯哉、青島顕】

 ◇放送法解釈にズレ

 「単なる倫理規定ではなく法規であり、法規に違反しているのだから、担当官庁が法にのっとって対応するのは当然だ」。安倍晋三首相は10日の衆院予算委員会で、高市早苗総務相が「クローズアップ現代」の問題で、NHKに対し4月に厳重注意の行政指導をしたことの正当性を強調した。自民党情報通信戦略調査会が同月、NHK幹部にヒアリングしたことも「NHK予算を承認する責任がある国会議員が(放送が)事実を曲げているかどうかについて議論するのは至極当然」と答弁した。

 安倍首相が言う法規とは放送法の規定のことだ。3条で番組編集の自由を保障している一方で、4条では放送番組の編集にあたって▽公安や善良な風俗を害しない▽政治的に公平▽報道は事実を曲げない▽意見が対立する問題は、できるだけ多くの角度から論点を明らかにする−−の4項目の「番組編集準則」を定めている。

 BPOの検証委意見書は準則について、放送局が自らを律する「倫理規範」だとして、それを根拠とした行政指導や自民党ヒアリングを「圧力」だと批判した。しかし、安倍首相らは準則を引用して意見書に反論した。

 1950年の放送法成立時に盛り込まれた準則を巡り、政府は規制強化の方向に解釈を変えてきている。

 政府は法制定当時、放送局が自ら律する規定との姿勢だった。72年の国会で広瀬正雄郵政相(当時)は「番組の向上等は、放送業者の自主的な自覚によって改善する以外に方法はないので、郵政省から行政指導をやる考えは毛頭持っていない」と述べている。

 テレビの影響の高まりと相まって、政府は厳しい姿勢を取り始め、80年代になると番組内容を巡る行政指導をするようになった。

 その流れを加速させたのは、93年にテレビ朝日報道局長が日本民間放送連盟の会合で「反自民連立政権を成立させる手助けになるような報道をしよう」と発言した、いわゆる「椿発言問題」だ。当時、郵政省の担当局長が国会で「政治的公平は最終的には郵政省が判断する」と答弁した。2005年には麻生太郎総務相(当時)が国会答弁で、番組内容についての行政指導を肯定した。

 その後、行政指導が相次ぎ、09年には検証委の結論が出る前に、TBSの番組が厳重注意を受けた。その際、検証委の川端委員長は談話で「表現の自由の萎縮効果につながる」と放送界の自律に任せるよう求めた。それから6年間、行政指導はなかったが、今回再び、BPOの結論を待たず厳重注意が行われた。

 ◇自覚迫られる放送現場

 放送現場からは、意見書に盛り込まれた政府・与党への批判を歓迎する一方、政治の介入を招かないような自覚が必要だとする声が聞かれた。

 TBS報道番組の金平茂紀キャスターは「放送関係者に干渉や圧力への毅然(きぜん)とした姿勢を求めたことを含め、よくぞ言ってくれた。放送人のよりどころとなる」と話す。ただ「これで萎縮がすぐに改善されるわけではない。放送現場の一部は、圧力の有無にかかわらず、自発的に言いなりになるほど病んでいる」とも指摘する。

 NHKのディレクターは「クローズアップ現代」で使われた隠し撮り風の演出について「氷山の一角で構造的な問題だ」と話す。NHKは取材対象者の顔をなるべく出して検証に堪えるよう気を配ってきたが、最近は顔を出すことが可能なのに隠してしまうことが多くなったという。「安易で不用意な姿勢が権力に付け入る隙(すき)を与えている。もっと反省すべきだし、制作現場に自覚が足りないのが気になる」と自戒を込めて語った。

 ◇繰り返される介入

 検証委の川端委員長は、意見書を公表した6日の記者会見で、放送に対する政府と自民党の介入を厳しく批判し、「BPOに任せる、見守るという方針に戻ってもらいたい」と求めた。

 放送番組で問題が発覚する度に、政治は規制強化に向けた動きを見せてきた。BPOに検証委が発足したのも、番組に対する国の規制を回避するためだった。

 第1次安倍政権が放送に対する指導を強化していた2007年、関西テレビの「発掘!あるある大事典2」の番組捏造(ねつぞう)が発覚した。菅義偉総務相(当時)は、事実と異なる報道をした放送局に対し、総務相が再発防止計画の提出を求めることができるようにする放送法改正案を国会に提出した。

 放送界は「改正案は、放送や表現の自由への公権力の介入を許す」と危機感を強めた。虚偽の疑いがある内容を放送して視聴者に著しい誤解を与えた番組を調査する「放送倫理検証委員会」をBPOに新設し、自ら律する姿勢を示して政治の介入を防ごうとした。同年12月、再発防止計画を提出させる法改正は見送られた。

 しかし、自民党内には「放送局が金を出し合って運営しているBPOは第三者機関ではなく、番組への客観的な判断はできない」との批判があり、BPOへの政府関与を探る動きもある。

 川端委員長は「番組の問題はなくならないが、少なくとも放送局はBPOに従った改善策を自主的に取ろうとしている。前には進んでいる」と述べ、検証委が放送界の自律に寄与していると強調する。

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 ■ことば

 ◇放送倫理・番組向上機構BPO

 NHKと日本民間放送連盟が、放送界の自律と放送の質向上のため2003年に設置した第三者機関。視聴者などから指摘された番組の内容や取材、制作上の問題点を検証する。放送倫理検証、放送人権、青少年の3委員会からなり、放送倫理検証委のメンバーは弁護士やジャーナリストら有識者10人。倫理上の問題や虚偽などの程度に応じて、放送局に「勧告」「見解」「意見」を出す。再発防止計画の提出を求めることもある。

 ◇表現の自由損ないかねない

 放送法の番組編集準則には罰則規定もなく、放送局が自律的に守るべき倫理的規定と解釈するのが通説だ。放送局の免許権限を持つ政府が個々の番組について口を出すことは圧力となって、報道を萎縮させ、憲法の保障する表現の自由を損ないかねない。今回のBPOの意見書は放送番組に政府の介入を招かないためにくぎを刺したもので妥当だ。意見書に対する政府・自民党の批判は、報道の自由に対して無頓着に過ぎる。異論に耳を傾けるべきだ。

 ◇放送法に基づき行政指導した(10日衆院予算委員会での答弁)

 検証委の意見書は番組準則を、単なる倫理規定としている。これは間違いだ。民主党政権時代の2010年11月26日にも(副総務相が)答弁した通り、法規範性がある。放送事業者が放送法に違反した場合に、(電波法に基づき)総務相が3カ月以内の業務停止命令や運用停止命令をできるのは、放送法の規定に法規範性があるからだ。NHKの番組には放送法に違反する点があったと認められたので、総務相としての責務を果たすため必要な対応(行政指導)をした。
    −−「<異例の政治批判>放送の規制強化、BPOに危機感」、『毎日新聞』2015年11月16日(月)付。

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