覚え書:「書評:空海 高村薫 著」、『東京新聞』2015年11月1日(日)付。

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空海 高村薫 著

2015年11月1日


◆信仰を追体験する旅
[評者]篠原資明=京都大教授
 著名な作家による空海本としては、戦前なら菊池寛、戦後なら司馬遼太郎のものが思い浮かぶが、二十一世紀に新たな一書が加わった。本書が提示する空海とは、まずもって特異きわまりない身体経験の人、そしてその身体経験を言語化できた人である。そこに空海生前の並外れた存在感もあれば、限界もあった。なぜなら、その比類を絶する身体と言語のありようゆえに、何者も空海を継承することができなかったからだ。空海その人は忘れられ、神話化ばかりが進んでいく。
 本書が好ましいのは、著者自らが空海の体験を、さらには今日まで生きつづける空海信仰の姿を、可能なかぎり現場に身を置き入れつつ、探ろうとしているからだろう。高野山はもとより、四国遍路に、東日本大震災の跡地に、そしてハンセン病患者にまで、その探求は向けられる。悲惨な話にも事欠かない。にもかかわらず、本書をとおして浮かび上がる空海信仰のありようは、なぜか不思議に明るいのだ。
 「空海」が「空気」となった、と著者はいう。とすれば、日本は空海を呼吸しているともいえる。空海を探る旅は、日本を探る旅とならざるをえない。空海の論理が時代に置き去りにされたかのような論調には、違和感を覚えもするが、空海とともに日本を考えてみるにも好著といえるだろう。
 (新潮社・1944円)
 <たかむら・かおる> 小説家。著書『マークスの山』『新リア王』『冷血』など。
◆もう1冊
 武内孝善著『空海はいかにして空海となったか』(角川選書)。神秘体験や中国での求法(ぐほう)などから空海の実像を探る。
    −−「書評:空海 高村薫 著」、『東京新聞』2015年11月1日(日)付。

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