覚え書:「今、平和を語る:戦後70年への伝言 政治学者・中野晃一さん」、『毎日新聞』2015年11月30日(月)付大阪夕刊。

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今、平和を語る:戦後70年への伝言 政治学者・中野晃一さん
毎日新聞 2015年11月30日 大阪夕刊

 ◇市民が連携し右傾化正さねば 頼もしく声上げた学生らに続け

 国会議事堂や首相官邸から全国に広がった「安保法制反対」のデモは、今年のトピックとして記録されるだろう。なかでも若者たちの行動が注目された。その輪の中に気鋭の政治学者で上智大学教授、中野晃一さん(45)の姿があった。「新しい平和主義が生まれ、市民社会のうねりが始まっています」と語る、中野さんに聞いた。

 −−学者の有志で2014年4月に「立憲デモクラシーの会」を結成し、研究室から飛び出しました。

 中野 民主党政権から自民党政権に復帰したとき、12年12月のことですが、戦後初めて政権にタガをはめる野党がなくなり、政党システムが壊れてしまいました。野党の中から自民党を後押しする政党まで現れ、全野党共闘が不可能になったのをいいことに、右傾化を強める安倍政権は集団的自衛権の行使容認を閣議決定するなど「暴走」を始めます。国家権力こそが立憲主義を受け入れるべきなのに、逆に挑戦するというか、踏みにじる政治を行う。国会のなかでバランスが取れないのなら、民衆の力であらがうしかない。そういうわけで「デモクラシー」とあえてカタカナ表記の会を発足させました。「デモス」(人民)と「クラトス」(支配、権力)で「民衆の力」なのです。

 −−若者たちのデモに加わって、発見されたことは。

 中野 学生たちの団体「シールズ」(SEALDs)も「自由と民主主義のための学生緊急行動」ですよね。国家権力は制限されなければいけない、市民の自由は守らないといけない−−つまり自由主義の流れが立憲主義ですから、そこまで立ち戻って、より広い市民の共闘を呼びかけていこうと活動を始めたのです。そんな我々のなかで、おそらく誰も予想できなかったのが学生をはじめとする若い人たち、特に女性のスピーチが素晴らしかった。

「戦争したくなくてふるえる」デモを呼びかけた高塚愛鳥さん=札幌市中央区で2015年6月、武市公孝撮影
「戦争したくなくてふるえる」デモを呼びかけた高塚愛鳥さん=札幌市中央区で2015年6月、武市公孝撮影
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 たとえば札幌では19歳の高塚愛鳥(まお)さんが「戦争したくなくてふるえる」デモを発案して、「ふるえる」がデモのコールになりました。身体性に根ざすことで、平和主義を新しい言葉というか、人に伝えるかたちでよみがえらせたのです。「シールズ関西」の寺田ともかさんは関西学院大の4年生ですが、彼女のスピーチも、しなやかで感動的でした。平和主義がこんなに力強いかたちで、今年の夏に戻ってくるとは予想もしていなかったので、私はすごく驚いた。

 −−寺田さんは「私は、海外で人を殺すことを肯定する勇気なんてありません。かけがえのない自衛隊員の命を、国防にすらならないことのために消費できるほど、私は心臓が強くありません」と訴え、ネットでも大反響でした。

 中野 これは私の分析ですが、男性は得てして力に対して力の闘いをします。一方で女性は、どこまで一般化できるかはともかく、弱さを認める強さがあるのではないでしょうか。自分は力のない人間である、殺されたくないし、殺したくもない−−とはっきり踏まえる強さは、男性にはないと思いました。弱い人間のなかに宿る尊厳、気高さが非常に力強い。これこそが、とてつもない庶民の力であり、そこに強さがあることを、私たちは教えられました。

スピーチする「シールズ関西」の寺田ともかさん=大阪市北区で2015年7月、三浦博之撮影
スピーチする「シールズ関西」の寺田ともかさん=大阪市北区で2015年7月、三浦博之撮影
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 −−シールズに特筆される点は。

 中野 スピーチを取り入れたのは新鮮です。学生たちのスピーチは、完成された話をする学者より、感動的だし面白い。ただ、ハラハラ感もあり、大丈夫かなと思いつつ、ドキドキしながら聞いていると、最後に平和の言葉が出てきて、世代間で継承されてバトンタッチがなされていることもわかる。

 私は「ベクトルとしての平和主義」という言い方をしているのですが、終わったポジションではなく、守らなければならないポジションでもなく、私はこっちに向かいたいというエネルギーというか、明確なベクトルになっています。

 平和への願い−−生きているかぎり、力のない、権力のない私は、暴力に踏みにじられるかもしれない、そんな弱い立場から、あくまでも平和を志向していきたいという、決意表明なのです。シールズの場合、スピーチの最後に日付と名前を言って終わるので、そのたびに平和主義が生まれていると感じ入りました。その場にいて耳を傾け、あるいはビデオで見るとき、いわば出産の現場に立ち会ったような感動を覚えます。

 −−あらためてデモの原動力は。

 中野 国家の権威、国家を中心にした考え方を振りかざす安倍政権なので、その対抗軸を個人の尊厳、個人の権利を守るというところに置いています。だから男女と立場を超えて、自発的にデモに参加している。戦後の平和主義は無駄ではなかった、とつくづく思います。

 −−著書「右傾化する日本政治」(岩波新書)に、こう書かれました。<右傾化へのカウンター・バランスを築き直すためには、自由主義(リベラル)勢力と革新(左派)勢力がそれぞれに再生を果たし、何らかのかたちで相互連携を行うほかない>

 中野 現在の小選挙区制度のなかで容易ではありませんが、市民社会のうねり、覚醒は始まっています。特にシールズの若者は触媒として、起爆剤として、大きな元気と勇気を与えてくれました。昔から平和運動をやってきた中高年を含めて、みんな元気づけられて勇気をもらった。ここまでゆがんだ政党システムの立て直しにつなげていくには、この市民社会のうねりを止めてはならないと同時に、いかにして永田町に届けていくかが、今後の焦点になります。

 −−最後にメディアについては。

 中野 憲法解釈改憲までやって安保法制を強行する政治に対して、法曹界や学界が異を唱えて立ち上がったのは、立憲民主主義という日本の戦後政治の土台を安倍政権が壊そうとしているからです。内閣法制局長官最高裁判事は、できるだけ政治に巻き込まれまいと心がけてきたと思います。そうした経歴の方々が「ノー」と発言した意味は小さくありません。これは、政治活動ではなく、最低限のルールを守りなさいとの忠言なのです。職業倫理でいえばメディアも同じで、客観報道、バランスのとれた報道を心がけているはずです。だが、この事態を前にしたら、メディアも多少は踏み込んで、暴走する国家権力と対峙(たいじ)すべきではないでしょうか。権力の監視は、メディアの使命であるはずです。<聞き手・専門編集委員 広岩近広>=次回は12月21日掲載予定

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 ■人物略歴

 ◇なかの・こういち

 1970年生まれ。東京大学文学部哲学科、英オックスフォード大学哲学・政治コースを卒業、米プリンストン大学で博士号(政治学)を取得。現在、上智大学国際教養学部教授で、専門は比較政治学、日本政治、政治思想。著書に「戦後日本の国家保守主義 内務・自治官僚の軌跡」(岩波書店)などがあり、12月に英国の政治社会学者コリン・クラウチ氏らとの共著「いまこそ民主主義の再生を! 新しい政治参加への希望」(岩波ブックレット)を刊行。
    −−「今、平和を語る:戦後70年への伝言 政治学者・中野晃一さん」、『毎日新聞』2015年11月30日(月)付大阪夕刊。

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