覚え書:「<特定秘密保護法>施行から1年 情報公開不十分」、『毎日新聞』2015年12月07日(月)付。

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特定秘密保護法>施行から1年 情報公開不十分

2015年12月07日

情報公開請求で開示された公安審査委員会の職員2人に関する適性評価の結果通知書。氏名、生年月日、所属部署、役職名、適性の有無のほか、通知の日付まで黒塗りにされた=徳野仁子撮影
 特定秘密保護法が施行されて10日で1年を迎える。今のところ、度を越した情報隠しや人権侵害といった施行前に懸念された問題は表面化していないが、秘密保護法に関わる情報は十分に公開されておらず、運用の妥当性は外から判断しにくい。専門家は「監視を続けることが大切だ」と話している。【青島顕】

黒塗りの適性評価通知

 1日から特定秘密を取り扱うことのできる人は、「適性評価」と呼ばれる身辺調査を受けた公務員らに限られることになった。内閣官房は9万7560人が適性評価を受け、1人を除いて通過したと発表した。受けた人数は省庁別で出され、防衛産業などの民間人2200人も評価されたことが明らかになった。しかし、公開されたのは人数だけ。プライバシーに立ち入る評価で、人権侵害などがあったかは検証しにくい。


シンポジウムで特定秘密を巡る刑事弁護の難しさについて話し合う弁護士や研究者ら=東京都千代田区で11月13日、青島顕撮影
 内閣官房は「適性なし」とされた1人について「個人が特定される恐れがある」として所属省庁を公表していない。

 評価が実際にどのように行われたのかは、うかがい知れない。毎日新聞は評価を実施した公安審査委員会に対し、適性評価対象者への通知書を情報公開請求した。同委員会は対象者を2人と明かしたが、氏名や生年月日、所属部署、通過の有無から、通知の日付まで黒塗りだった。

 適性評価は借金や精神障害の有無、クレジットカードを使用停止された経験、家族の国籍など機微に触れるプライバシー情報について、対象者が約30ページの書類に記入して申告する。評価には本人の同意が必要で、防衛産業の民間人8人を含め、防衛、外務両省で計25人が同意を取り下げた。

 調査は外部への照会も可能で、病歴を病院に問い合わせることもできる。防衛省などは照会の事実を認めたが、照会先や件数は明らかにしていない。

 日本精神神経学会の法委員会委員長で、多摩あおば病院(東京都東村山市)の富田三樹生(みきお)院長は「患者と医師の信頼関係が崩れる」と訴えてきた。この1年間、会員の医師から適性評価に関わる報告はなかったというが「今後も警戒を怠らずにいたい」と話した。

監視始まったが

 国会には特定秘密の指定がきちんと行われているかチェックする「情報監視審査会」が設置された。参院の審査会は3日、初めて特定秘密の提出を受け、実質的な監視をスタートさせた。

 与野党計8人の委員は、携帯電話の電波も届かないように外部から遮断された部屋で、警察庁防衛省、外務省の提出した特定秘密の文書を閲覧した。国際テロ情報や戦闘機の性能などの情報で、委員はメモも許されず、内容も口外できない。

 参院の審査会は、10省庁が提出した「管理簿」に掲載された昨年指定の特定秘密382件のうち、50件について各省庁から説明を受けた。このうち、説明を聞いても内容が不明確だとして、与野党一致で判断した3件の開示を受けた。

 記者会見した金子原二郎会長(自民)は「今年度中に報告書をまとめる」と話した。ただ、先月までに行われた適性評価の結果については報告を受けていないという。不適切な指定に関する公務員らからの内部通報窓口の設置も「今の時点では話が出ていない」と答えた。

 衆院の審査会も8回開かれ、10省庁から特定秘密の説明を受けた。

 両院の審査会は、国会の各党議席数に応じて各8人の委員が選ばれている。一部野党の分裂や離党などで勢力分野が変化しており、年明けの通常国会中に複数の委員交代がありそうだが、委員は終身の守秘義務を課せられるため、頻繁に交代するのは望ましくないとされる。

 一方、内閣府に置かれた「独立公文書管理監」には昨年12月、検察官出身の佐藤隆文氏が就任した。独自の内部通報窓口を持つが、活動内容は明らかになっていない。事務局の内閣府情報保全監察室は来春に予定される国会への年次報告を済ませるまでは取材に応じないとしている。

難しい刑事弁護

 将来、秘密保護法違反容疑での逮捕者が出ても、特定秘密は原則として裁判の場で明らかにされない。その中で弁護人は弁護活動ができるのか。容疑者・被告の人権は守れるのか。第一東京弁護士会が先月、シンポジウムを開いた。

 シンポでは、写真が趣味の大学生が山でチョウを追いかけ、鉄条網の切れ目をくぐって撮影したら、特定秘密の探知容疑で逮捕されたとの想定で、どう弁護するかを考えた。たまたま近くの自衛隊演習場で新型兵器のテストが行われ、宿で知り合った若者が実は外国のスパイだったらしいことが分かってきたという状況でのシミュレーションだ。

 鮎川一信弁護士は「秘密に当たる何かを撮影したことは分かるが、警察は何が秘密かも言わないだろう」と語った。江藤洋一・日本弁護士連合会秘密保護法対策本部本部長代行も「証拠は裁判官しか見られない。弁護人として証拠を提示するよう求めても、裁判でも簡単に出てこないだろう」と話し、弁護方針さえ立てることが難しいとの認識を示した。

 新倉修・青山学院大教授は「刑法は犯罪だと知ってやったことを処罰するのが原則。知らなくても処罰される恐れがあるのは問題だ」と踏み込んだ。

 シンポではさらに、容疑者が漏えい容疑を認めている場合に関しても話し合った。そうした場合でも、弁護士が容疑者の漏らした特定秘密を知るには、高いハードルがあるという。「漏らしたことは何ですか」と容疑者に質問すれば、漏えいの教唆罪に問われる恐れがあるという。鮎川弁護士は「弁護を受任すること自体が怖いという事態もありうる」と述べた。

 特定秘密保護法は、防衛、外交、スパイ、テロに関する国の重要な情報を漏らしたり、不正な方法で入手したりした人に対し、最長10年の懲役という厳しい罰則を設けている。

日本政府の都合で延期に 国連の特別報告者の調査

 特定秘密保護法の施行後、日本で情報公開が制約を受けていないかなどを調査する予定だった国連の表現の自由担当の「特別報告者」、デビッド・ケイ米カリフォルニア大教授の今月の訪日が、日本政府の都合で突然延期になった。国内外の人権活動家らから厳しい批判が起きている。

 情報公開に詳しいローレンス・レペタ明治大特任教授は「延期は残念だ。国連の特別報告者が表現の自由の状況改善のため報告書をまとめることは、日本にとって極めて貴重な機会になったはず。民主主義国家として大きな痛手になる」と話した。

 ロンドンに本部を置く国際人権NGO「アーティクル19」のトーマス・ヒューズ事務局長は「日本政府が、表現の自由を取り巻く国際基準の順守を審査する国連の専門家に会いたがらないことに驚く」との談話を発表し、日本の表現・情報の自由に対する脅威の増大に懸念を示した。

 特別報告者は国連人権理事会のもとで各国の人権状況を調査する専門家。表現の自由を担当しているケイ氏は日本政府に訪日調査を求め、日本政府も10月に同意した。しかし、12月1−8日に予定されていた訪日が2週間後に迫った11月13日、「予算編成作業もあって受け入れ態勢が取れない」と来年秋までの延期を要請した。

 訪日調査で、ケイ氏は政府関係者や民間の人権活動家と面談し、特定秘密保護法の施行による影響、NHKや民放の報道番組を巡って自民党が局関係者を呼びつけるといった報道の萎縮が懸念される状況などについて調べる予定だったという。

 ケイ氏の来日を求めて活動していた英エセックス大人権センター・フェローの藤田早苗さんは「調査の必要な国が多数ある中、特別報告者が公式訪問できる国は年1−2カ国に限られる。キャンセルがいかに国際的に迷惑をかけたか日本政府は理解すべきだ。国際的な評判を落とし、極めて深刻な事態だ」と話した。
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