覚え書:「社説:水木さん 伸びやかに異界見せた」、『朝日新聞』2015年12月02日(水)付。

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社説:水木さん 伸びやかに異界見せた
2015年12月02日

 漫画家の水木しげるさんが亡くなった。この世に生きた歳月は93年。作品は世代を超えて愛されている。

 妖怪と戦争。水木さんは二つのテーマを描き続けた。

 幼い頃、生家のお手伝いさん「のんのんばあ」に教えられ、自然の中や家の暗がりに生きる「なにか」を感じとる力を養った。長じてそれらを絵と物語で表したログイン前の続き。古代から連綿と続く、日常を超えたものと触れあい、おそれ、親しむ文化を、漫画を通して現代に位置づけた。

 近代の合理的な考え方や電灯が作る明るさの中で住みにくくなってしまったものたちと私たちとの関係は、水木さんによって結び直されたといえる。代表作「ゲゲゲの鬼太郎」のテレビアニメは1968年から2009年まで5シリーズも放送されている。日本で育った多くの人たちは「鬼太郎」の世界を通過して大人になったことになる。

 水木さんの青年期は戦争と重なる。終戦70年のこの夏見つかった20歳の時の手記には〈今は考へる事すらゆるされない時代だ。……土色一色にぬられて死場に送られる時代だ。人を一塊の土くれにする時代だ〉とつづられていた。

 21歳で応召し、南方の激戦地ニューブリテン島へ。理由なく殴られ、敵襲から生きのびて戻ると、上官に「なぜ死ななかったのか」と責められた。飢えと渇き、マラリアの高熱に苦しみ、爆撃で左腕を失った。

 下級兵士の目で見た戦場の実相は後に「総員玉砕せよ!」などの漫画に克明に描かれた。細密な絵でたんたんと描写された作品は、時を超えて、戦争の不条理を読者に伝える。実体験として戦場を知る表現者が残した大切な記録だ。一方で作品の中には、現地住民との温かなふれあいもつづられている。ものごとの一面だけを見ないのが、水木さんらしさである。

 目に見えない妖怪たちとの交流は、自分とは異なる者に思いをはせることにつながる。そんな世界を、実に愉快そうに描き続けた水木さんの作品や、ちょっととぼけた言動に触れると、気持ちが伸びやかになる。

 残した仕事の量と質が物語るように、水木さん自身は勤勉だった。だが、その言葉には、力が抜けるものが多い。

 「なまけ者になりなさい」「少年よ がんばるなかれ」「けんかはよせ 腹がへるぞ」

 効率や成果に追われる窮屈な日常に自由な空気を吹き込み、人の根っこに訴えて争いをいさめる。異界を知る先達の言葉は、現代への警句でもある。
    −−「社説:水木さん 伸びやかに異界見せた」、『朝日新聞』2015年12月02日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12096296.html





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