覚え書:「今週の本棚・本と人 『香港パク』 著者・李承雨さん」、『毎日新聞』2015年11月22日(日)付。

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今週の本棚・本と人
『香港パク』 著者・李承雨さん

毎日新聞2015年11月22日 東京朝刊
 
李承雨さん
 (金順姫(キム・スニ)訳 講談社・1944円)

多彩な内省的文学世界 李承雨(イ・スンウ)さん

 これまで3作の長編小説が日本語に翻訳されている著者の短編集。1991年から93年まで、韓国の文芸誌などに発表した8編の小説を収め、20年前本国で刊行された。時代背景や世相を書き込んでいないこともあるが、これら作品群は今の視点から日本語で読んでも色あせず、時代に対して実にアクチュアルだ。「翻訳と編集がよかったんですよ」。謙遜して柔和な笑顔を浮かべた。

 表題作「香港パク」は、劣悪な労働環境のなかで<香港から船が入れば辞めてやる>と船を待ち、その日をやり過ごしている男パクが登場する。だが一向に船は到着しない。同僚はパクをさげすみつつ、どこかで彼と彼の妄想に救いを見いだす。読後、「パク」に似た自分、あるいは「パク」を求める自分が心の中に存在していることに気付く。8編とも神話的な物語の体裁を保ちながら、著者の思索と共に実存の深淵(しんえん)に降下していくような、息詰まる快楽がある。

 「人間とは欠落した存在で、いつもその欠落した何かを追究している。たとえ成就しないと分かっていても追究しなければならない。このことをいろんな作品で書いてきました。私の世界、色彩、文学性を読み取っていただけるとうれしく思う」

 初の邦訳短編集は、これまでの長編に比べ、無国籍性や普遍性が強く伝わる。自己を見つめる内省的な文学世界が、バリエーション豊かに立ち上がる。

 59年、韓国・全羅南道長興(チャンフン)生まれ。大学で文芸創作を教え、執筆活動を続けている。今年でデビュー34年、ノーベル文学賞の呼び声も高い。故郷長興は数多くの文人を輩出してきた地。現代韓国文学を代表する作家で、文学の師とあおぐ李清俊(イチョンジュン)(1939−2008)も同郷だ。彼の小説に出会ったことが小説家を志す契機になり「文学的DNAをいただいた」と語る。「小説は何を書くのかではなく、なぜ書くのかだ」。インタビューで繰り返す創作観も、李清俊から引き継いだ。小説に取り組む姿勢は人一倍厳しい。

 「自分の小説の文章が悪くなっていれば教えてほしい」。後輩には、こう頼んであるという。「悪くなったと聞いた時点で、書くのはやめます」と表情を引き締めた。<文・棚部秀行 写真・山本晋>
    −−「今週の本棚・本と人 『香港パク』 著者・李承雨さん」、『毎日新聞』2015年11月22日(日)付。

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http://mainichi.jp/articles/20151122/ddm/015/070/013000c


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