覚え書:「【書く人】「謎」の先に見える人生 『新カラマーゾフの兄弟』ロシア文学者・亀山郁夫さん(66)」、『東京新聞』2015年12月06日(日)付。

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【書く人】

「謎」の先に見える人生 『新カラマーゾフの兄弟ロシア文学者・亀山郁夫さん(66)

2015年12月6日


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 ロシア文学、中でもドストエフスキー研究の大家。新訳がミリオンセラーとなったドストエフスキー未完の傑作『カラマーゾフの兄弟』の完結を目指し、初の小説を書き上げた。構想から二年半、「カラマーゾフ研究の総決算」と位置付ける。四百字詰め原稿用紙に換算して原作とほぼ同じ三千三百枚に及ぶ長大な物語で、「父殺し」の謎に迫った。
 小説の舞台はロシアではなく一九九五年の日本。一家の父の死、遺産や女性をめぐる息子たちの疑心や葛藤を描く。並行して自身を思わせるT外大教員「K」の物語が進み、ドストエフスキーやその妻アンナと思われる人物も登場する。
 ドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』続編として構想した“十三年後の物語”の似姿が、一九九五年の日本だと考える。皇帝暗殺をもくろむテロで権威が揺らいだ十九世紀末。片や阪神・淡路大震災オウム真理教地下鉄サリン事件、戦後初の銀行破綻、IT元年を象徴するウィンドウズ95発売の九五年の日本。インターネットの登場で「父」という権威的存在が支配する家に大きな穴が開いた。「帝政末期のロシアにも似た、歴史の転換点として必然性があった」
 今作を「自伝的ミステリー」と呼び、育った家をカラマーゾフ家と重ねる。高校の国語教員だった父とは「三十歳で亡くすまで合計して一時間も会話していない」と屈折した思いを抱いていたという。六人(うち男四人)きょうだいの末っ子でもある。
 二〇一三年四月に名古屋外大学長に就任し、昼間は十分置きに学長室に人の出入りがある忙しさで、執筆は未明から早朝。空想を自在に働かせる小説家ではなく、あくまでカラマーゾフ研究者の立場を崩さず、続編に着手できなかったドストエフスキーの無念を思い「遺志を継ぐ」つもりで書き切った。「個々の登場人物の運命に責任があった」。比喩表現を抑え、粗削りでも文章の勢いを大事にした。
 「自分とは何か、人生とは何なのか。誰もが罪ある存在と分かった時に見えてくる生きる意味、生命の存在を書きたかった」
 小説を通じて問いかけたのは「黙過」。人の不幸への共感を失い、見て見ぬふりをすること。その罪深さを知り「正直に生きようと言いたい」。
 河出書房新社・(上)二〇五二円、(下)二二六八円。 (谷知佳)
    −−「【書く人】「謎」の先に見える人生 『新カラマーゾフの兄弟ロシア文学者・亀山郁夫さん(66)」、『東京新聞』2015年12月06日(日)付。

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