覚え書:「政治断簡:『らしさ』って何?追いかけた1年 編集委員・松下秀雄」、『朝日新聞』2015年12月20日(日)付。

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政治断簡:「らしさ」って何?追いかけた1年 編集委員・松下秀雄
2015年12月20日

 どんな取材をしてきたっけと、1年ぶんのノートをひっくり返すと、私が今年、何に関心をもっていたかが改めてよくわかった。「らしさ」や「普通」だ。

 戦後70年の取材では「戦争と男らしさ」。いまや世界では女性も戦闘任務につく時代だが、昔はもっぱら男の役割。軍や戦争では「男らしさ」を求められ、怖がれば「めめしい」とののしられる。戦前や戦中の資料を読み込んでいる若手研究者、中村江里さんに聞くと、こんな事例を教えてくれた。

 当時、心の傷を原因とする病の一部をヒステリーと呼んだ。ある軍医は患者に「ヒステリーは日本の兵隊にあるか? どんな人間がかかる病気か?」と問い、「ありません」「女です」と答えさせる。そして2時間半にもわたって「電気治療」、つまり電気ショックが繰り返される。

 女の病!

 兵隊はならない!

 当時の軍人は「男らしい死に方」を求められた。目にみえる体の傷もないのに戦えないのは恥とされた。「『男らしさ』は自然にあるのではない。軍事主義に適合する形でつくられ、利用されていったのです」と中村さんはいう。

 なるほど。戦争の時代だから、戦争に役立つ人が「男らしい」とされたのか。

    *

 決められた「らしさ」に自分を押し込んだら息苦しい。「普通」じゃないとみなされたら、差別されがちだ。この社会の生きづらさの一因は、こうあるべきだという規範の強さにあるのではないか。

 その「らしさ」の呪縛も少しは緩んできたのかな。東京都渋谷区の同性パートナーシップ条例をきっかけに、性的少数者をめぐる問題を取材した時、そう感じた。

 13人に1人がそうだという調査もあるのに、周囲に言えない人が多い。しかし、この春にみたのは人前でキスをし、パレードをする姿だった。パレードではこんなプラカードを掲げていた。

 「『普通』って何?」

 「自分らしさを誇りに」

 いまは国の総力を傾ける戦争のような目標はない。夫ばかりが稼ぐ時代でもないし、家族のかたちもさまざまだ。何を「男らしい」と感じるかは人それぞれではないか。

 だからこそ、かつての「らしさ」を守りたい人は「取り戻せ」と叫ぶのだろう。でも私には「自分らしさ」のほうが魅力的だ。きっと息がしやすいはずだ。

    *

 「性」と同様に「姓」も人のアイデンティティーにかかわる。国が縛ると自分らしく生きられない人がでてくる。だから、夫婦の姓をめぐる最高裁判決に注目していた。しかし、同じ姓とするよう定めた民法の規定は憲法に反しないという判断だった。

 頭が固いなあ、と思う。

 でも、落胆はしていない。性的少数者だって目にみえやすくなり、条例もできたじゃないか。私たちが「らしさ」や慣習を問い直し、社会の実態を変え、政治を動かすこともできるはずだ。判決を、その号砲にすればよい。
    −−「政治断簡:『らしさ』って何?追いかけた1年 編集委員・松下秀雄」、『朝日新聞』2015年12月20日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12126065.html



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