覚え書:「憲法のある風景 公布70年の今/2 「公」のため2度までも 「陸軍飛行場」の次は「中間貯蔵施設」か」、『毎日新聞』2016年1月3日(日)付。

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憲法のある風景
公布70年の今/2 「公」のため2度までも 「陸軍飛行場」の次は「中間貯蔵施設」か

毎日新聞2016年1月3日 東京朝刊

門馬力さんは今、戦前に続き2度目の土地明け渡しを求められている=宮城県石巻市で、佐々木順一撮影

 庭の柿の木は、阿武隈の山陰に沈む夕日のような実をつける。この秋も枝がたわむほどだったろうが、もぐ人はいない。甘い実は小鳥のついばむままか、熟れ落ちるままか。

 2011年3月の原発事故で福島県大熊町の帰還困難区域から宮城県石巻市に避難している門馬力(もんまちから)さん(82)は昨年11月末、訪ねてきた環境省職員と居間で向き合いながら、ふとそんな情景を思い浮かべた。

 国は原発を囲む16平方キロの地に、除染土の中間貯蔵施設を造る。門馬さんの自宅は予定地内にある。この日は所有する田畑の面積を確認されたが、建物や家財の補償の査定にはまだ時間がかかると言われた。

 国は中間貯蔵の期限を30年と明言するが、最終処分場のめどは立たない。門馬さんは尋ねた。「その後はどこさ持って行くんだ」。職員は押し黙った。帰れない土地が何になる。そう割り切ったはずが、古里を思うたび心はざわつく。

 門馬さんが「公のため」に土地の明け渡しを求められるのは、これで2度目になる。

 生家は戦前、今の福島第1原発の敷地内、2号機建屋の西側にあった。一帯には当時、原野が広がり、沢筋には10戸ほどの農家とわずかな水田があった。集落の名は「荒戸沢(あらとざわ)」といった。

 両親と14人きょうだいの大所帯。小作農だった父は、門馬さんが幼い頃、借金して土地を手に入れた。荒れ地だったが、懸命にくわを入れ畑をつくった。

 1940年、一帯に「磐城(いわき)陸軍飛行場」の建設が決まった。父ら地権者は役場に集められ、期限までの退去を言い渡された。門馬さんは言う。「お国のためと言われたら、『はい』以外の返事はねえ時代だった」

 軍部の用地取得に関する資料によると、農民の土地は市価より安く買い上げられた。代替地の用意もなく、生活再建は当事者任せ。公務員の初任給が月約80円だった時代、門馬さん一家は1000円の補償金を受け取ったが、借金の返済で消えた。今の自宅がある場所に移ったものの、家を新築する金はない。父が2年後に土地を買い取るまで、移築した馬小屋で寝起きした。

 少年飛行兵の訓練所として始まった飛行場は太平洋戦争末期、特攻隊の訓練基地になった。門馬さんは腕に日の丸を巻いた若者たちが、南の空に飛び去る光景を覚えている。

 戦後、東京に出稼ぎに出た。帰省は田植えと稲刈りだけ。少しでも高い給料を求め建設現場を渡り歩いた。68年、飛行場跡地に原発が建つと聞き古里に戻った。経験を買われ原発工事の会社で働き出すと、出稼ぎをしていた頃と同程度の給料をもらえた。「原発ほど安全なものはない」。国の説明を疑わず、60歳の定年まで勤めた。

 父から継いだ家と土地。その庭に出稼ぎをやめた頃から、趣味で木を植え始めた。松にツバキにナナカマド。柿の木は年を追うごとに実を増やした。食べきれず、近所の人がもぎに来てくれるのが秋の楽しみとなった。

 原発事故後、門馬さんは石巻市の長女夫婦宅に身を寄せる。同居していた次女夫婦と孫は茨城県に移り、体調を崩した妻を預けた。

 門馬さんが名を連ねる地権者会は、復興の要として中間貯蔵施設の建設を受け入れている。けれど国の話を頭から信じることはできない。勝つと言われた戦争は特攻で終わり、安全だったはずの原発は事故を起こした。

 環境省と交渉を重ねるのは、補償額もあるが「大熊町を最終処分場にしない」との確約が欲しいから。やがて柿の木は切られ、自宅は更地となるだろう。かつての荒戸沢のように川は埋められ、丘は削られ、面影も消えるだろう。それでも、古里を見捨てたくない。

 「今は、『はい』以外の返事がねえ時代ではねえ」。納得のいく返事があるまで、土地を手放すつもりはない。【憲法70年取材班】=つづく

財産の公益使用、正当な補償必要

 自分の財産を国の勝手にされないことは、自由な社会の前提だ。ただ、公共の福祉のためには制限を余儀なくされることもある。

 1889年公布の大日本帝国憲法明治憲法)は、財産権を保障しながらも、公益の制限を受ける際の明確な補償規定を欠いていた。このため公共事業で立ち退きを求められる住民の立場は弱く、補償も軽視されていた。

 これに対し日本国憲法は、公共のために使う際は「正当な補償」が必要と明記し、補償が重視されるようになった。公共施設の用地取得を巡っては訴訟や住民闘争も相次ぐが、その中で、住民の意向がより尊重されるようになってはきている。

 除染土の中間貯蔵施設建設にあたり国は、土地収用法に基づく強制収用をせず、任意買収を進めることを明言している。福島県大熊町双葉町にまたがる予定地の地権者は約2400人とされるが、環境省の人手不足などで補償額の査定が遅れ、昨年末時点で売買交渉がまとまったのは約20人にとどまる。

29条

 財産権は、これを侵してはならない。

 2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。

 3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる。
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