覚え書:「書評:哲学な日々 野矢茂樹 著」、『東京新聞』2015年12月20日(日)付。

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哲学な日々 野矢茂樹 著

2015年12月20日
 
◆理解される言葉の大切さ
[評者]南木佳士=作家・医師
 読み始めで文章の骨格の頑丈さが感じられる本には、平易な表現ながらも深い内容が記されているのが常だ。その典型である本書の、とくに前半は新聞連載の短文ゆえとっつきやすい。後半の、やや長めのエッセイの初出は文芸誌や、東大の「教養学部報」などでいくらか専門用語が混じってくる。
 じつは、この書き分けこそが、中学の国語の教科書作りに関わっている著者が一貫して主張する、書くこととは読んでもらうこと、の見本になっているのだと読後に気づかされる。
 小学生から超高齢者まで、読み書きの能力が多様な読者に向けた新聞用の文章と、純文学雑誌の購読者や東大教養学部の学生、職員向けに書かれたもの。おそらく、読んでもらうために書く作業で費やされたエネルギーは、前者のほうが後者よりもはるかに多かったのではないか。もちろん、内容はその濃さにおいていささかの差もないのだが。
 論理的な文章を書くには、「だから」や「しかし」に代表される接続表現を使いこなすこと。なぜ論理的でなければならないか。それは、論理的でない者は仲間内の言葉しか話せないので「よそ者」を単純に切り捨て、排除してしまうから。この危険性に気づいたら、なるべく物分かりの悪い読者を想定し、彼、彼女に理解してもらえるような文章を書くこと。なんで理解されないのか、といううんざりするほどの経験だけが文章を鍛えてくれる。
 本書を読んで大きくうなずくのは、日々、社内外からのメールで、じぶんの思いを書き連ねただけの文章を一方的に送りつけられている、差別感情に敏感な心優しいふつうの会社員ではないだろうか。日本人なのだから、じぶんも他人もおなじように日本語を使いこなせるはずだ。これこそが大いなる誤解であり、日本語を学ぶ語学としての国語教育が必要だ、大人にも。
 言葉を大切に扱う哲学者の文章は肌理(きめ)が細かく、からだに直接しみてくる。
講談社・1458円)
 <のや・しげき> 1954年生まれ。東京大教授。著書『論理学』『哲学の謎』など。
◆もう1冊
 大森荘蔵著『思考と論理』(ちくま学芸文庫)。具体例を示しながら「思考」と「論理」を深く、かつ分かりやすく解説した入門書。
    −−「書評:哲学な日々 野矢茂樹 著」、『東京新聞』2015年12月20日(日)付。

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