覚え書:「インタビュー:台湾の未来 台湾の作家・龍應台さん」、『朝日新聞』2016年01月09日(土)付。

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インタビュー:台湾の未来 台湾の作家・龍應台さん
2016年01月09日

 台湾のベストセラー作家、龍應台さんは、時代に翻弄(ほんろう)される民衆の姿をいたわりをこめた筆致で描き、中国語圏で大きな影響力を持つと言われる。大陸から台湾に移り住んだ外省人の家庭に生まれながら、独自の視点で政治や社会への批評も続けてきた。総統選挙の投開票を間近に控えた台湾社会と、そこに住む人々への思いを聞いた。

 ――16日の総統選挙では、国民党が敗れ、民進党が政権に返り咲きそうです。

 「3回目の政権交代となれば、台湾の民主制度の安定性が再証明されます。野党の民進党は責任ある与党になることを学び、与党の国民党は責任と能力ある野党になることを学ぶべきです。政党政治の成熟を期待しています」

 「ただ、台湾の民主主義が安定し、健全に機能しているとだけ見るのは楽観的すぎます。悲観的に見れば、台湾は不安定な航空母艦(=中国)のそばに浮かぶ小舟。自由や未来を保障するためにどのくらい深い学問、どのくらい大きな折衷の知恵が必要なのか。台湾の民主主義が未来の挑戦に耐えることができるかは分かりません」

 ――昨年11月、台湾の馬英九(マーインチウ)総統と中国の習近平(シーチンピン)国家主席の会談が行われました。1949年の分断以来初のトップ会談でした。

 「指導者同士が会ったことは価値があったと思います。台湾と中国は対等な関係ではありません。中国は強権国家でますます大きくなり、台湾は民主社会ですが、地政学的に世界で最も弱い。両岸(中台)が努力して追求すべき目標は平和です。対話は戦争を起こさないためだと理解するべきです」

 ――世論調査では、台湾の人々の会談への評価は割れています。

 「指導者が会わない状況で、どうやって平和を保つことが可能でしょうか。会談の歴史的重要性には全く疑問の余地がありません」

 「私が憂慮するのは、私たちが大陸の中国人を直接目にするようになって以降、中国がますます大きくなっていることです。とても不安な感じです。おそらく日本の方々も同じ気持ちなのではないでしょうか。不安を感じるのは健康的なことですが、不安が恐怖に変わると恐怖の人質になり、外交政策や経済政策を行う時に恐怖に主導されてしまう。最後は自分を傷つけ、代価を払うことにならないか心配です」

 ――会談では抗日戦争史の共同研究も話題になりました。

 「中国は日本の戦争責任について、謝罪しろ、歴史に向き合えと何度も要求しています。これは百%道理があります。日本はアジアをリードする国で、歴史への態度は現代化及び文明の一部なので、我々の要求も高くなるのです。でも共産党の立場は弱く見えます。それはなぜでしょう」

 「共産党こそ、自らの歴史に誠実に向き合ってこなかったからです。問題の核心はこうです。中国は日本に歴史に向き合うことを要求している。すばらしい。正しいことです。ではあなた方は文化大革命にどう向き合うのですか? 反右派闘争や、多くの国民を死なせてしまった大躍進に対する態度は? 抗日戦争で果たした(果たさなかった)役割についても事実を話していない。だから日本を批判する資格が足りないように見えるのです」

 ――「抗日戦争の勝利」は共産党統治の正統性の理由になっています。公正な研究ができますか?

 「中国はまだ抗日戦争の正史を書く度量は持っていないでしょう。歴史は『牽一髪而動全身』(ささいなことが全局面に影響する)。大陸の歴史の闇は深い。中台の共同研究が実現すれば、歴史にどう向き合うべきかも話し合える。やる価値はあります」

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 ――歴史に向き合うという点では、龍さんは「台湾海峡一九四九」「父を見送る」などの作品で、台湾の戦中戦後の歴史の暗部を見つめてきました。

 「両親世代の一生は苦しみに満ちていたのに、私たち子供世代は気にしてこなかった。彼らの人生が終盤にさしかかり、最も大事な人たちを何も理解していないと気付き、理解することで尊敬を表したかったのです」

 ――49年に大陸から台湾に渡ってきた人々を、支配者としてではなく、徹底して弱い個人の立場から描いています。

 「国民党や共産党の一面、戦争、軍事、兵士の意識などに言及しましたが、『個人の人間性』から出発しました。この角度から出発する以上、誰が侵略者で誰が被害者か、何が正しく何が間違っていたのかは意に介さずに書きました」

 「戒厳令時代、歴史の叙述には国家の観点しかありませんでした。民主化で国家による歴史観は唯一のものでなくなりましたが、次に出てきたのは複数の政党による目的を持った歴史観でした。49年に関する本も蒋介石毛沢東など歴史上の人物の伝記ばかり。身分がない人の本は書かれていないじゃないか、と言いたかったのです」

 「20代から40代の読者なら祖父母の世代の、もっと年齢が上の読者なら父母の世代の話になります。学校で教えられていないので、両親や祖父母が悲惨な歩みを経て台湾に来たことを初めて知り、『知らなかった。実際にはこういうことだったんだ』と驚いたようです。断ち切られ、失われていた糸がもう一度つながったことにも、感動を覚えたようです」

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 ――台湾では最近、「太陽花学運(ひまわり学生運動)」など若者による政治活動が盛んです。

 「私は80年代に書いた著作で、当時、民主化を求めて活動する学生たちを激励したことがあります。勇気は大切で、彼らは政府の権威も突破できます。でも現在の政府は昔ほど強権的ではないので、勇敢に振る舞うことはとても簡単なんです。勇敢であるかどうかは、今や重要でありません」

 「両岸が経済協議をするなら、何を勝ち取るべきか。新しい経済秩序はどれに加入すべきか。何を語り、攻め、守るのか。大きな専門知識を持って新しい状況に向き合うべきです。勇気だけで語るのは80年代のやり方です」

 ――彼らの行動は、中国に対する不安感と関係はありませんか?

 「不安になるのは構いません。すごく不安でしょう。だからこそ深く専門的な知識を学ぶべきです。中国との対話で何を頼み、譲らないのかも専門知識の問題です。不安が恐怖に変わって専門知識が後退し、民族情緒が前面に出てくることがいちばん危ない」

 ――中国が存在感を増すいま、台湾にとって何が大事でしょう?

 「経済的基礎、そして平和が大切です。問題は台湾社会に不信感があふれていること。統一の定義が共産党指導体制のもとで大陸と一つになることなら、台湾に『統一派』はいません。でも、一方は『統一』、一方は『独立』と書かれた旗を持ち出し、それで自分たちの価値観や生活様式を守れると考え、相手の旗を見て『台湾を売っている』と傷つけ合う政治をしています」

 「私から見ると、台湾そのものが持つ価値観と生活様式は最高の共通認識。大多数の人は『大陸にのみ込まれたくない。自分たちの価値観と生活を守りたい』と考えている。そして誰もが、守ることは非常に難しいと知っている。共産党が取り上げようとしているからです。それなのに、どんな旗を掲げ、何を守ると叫ぶかで意見が割れてしまっている。それが台湾の現状なのです」

 ――日本に望むことは?

 「日本や世界の人々に理解してほしいのは台湾の貴重さです。私たちが築き上げた価値観と生活がなければ、国際社会には現在の中国とその台頭しか存在しない。台湾がいるから、『大陸だけが中国ではない』と言えるのです」

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 ロンインタイ 1952年、台湾・高雄生まれ。成功大学卒。著書に「台湾海峡一九四九」「父を見送る」。馬英九政権で文化部長(大臣)も務めた。香港大学教授。

 ■取材を終えて

 柔らかいほほえみの下に、台湾の将来に対する強烈な危機感が隠されていた。それは大陸との関係だけではなく、台湾社会そのものの行方にも向けられていた。かつて大陸の中国共産主義青年団共青団)の週刊紙「氷点週刊」が停刊処分となった時、胡錦濤(フーチンタオ)国家主席あての公開書簡を発表した。「『故国のアイデンティティー』である感情線と『価値観のアイデンティティー』である理性線が衝突したら、(中略)私は後者を選ぶ」。外省人としての大陸への愛情より、民主主義と基本的価値観を優先すると言い切った気概は健在だ。強大化する中国とどう向き合うか、台湾について語られた言葉は、私たち日本人にとっても多くの示唆に富んでいる。
    −−「インタビュー:台湾の未来 台湾の作家・龍應台さん」、『朝日新聞』2016年01月09日(土)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12150627.html


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