覚え書:「考2016:5 政治の正当性 経済学者・坂井豊貴さん 多数決、死票多く生む」、『朝日新聞』2016年01月09日(土)付。

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考2016:5 政治の正当性 経済学者・坂井豊貴さん 多数決、死票多く生む
2016年01月09日
 ■経済学者・坂井豊貴(さかいとよたか)さん

 民主主義の基本は多数決だ。選挙で多数を得た者が当選し、議院内閣制では、選挙で多数を握った政党が内閣を組織。与党と一体で法案を成立させる――。それが「常識」と思っていた。だが昨秋、本屋で一冊の本が目に付いた。書名は「多数決を疑う」。その筆者を訪ねた。

 ――なぜ多数決を疑っているのですか。

 「大きな問題があるからです。特に1位しか当選しない衆院小選挙区制度。有権者は自分の考えの一部に過ぎない『どの候補者を一番支持するか』しか表明できません。その結果、票の割れが頻発して死票が大量に生まれている。比例区で復活の余地がありますが一部に過ぎません。民主主義の根本理念は、治める者(政治家)と治められる者(国民)の同一性ですが、ものすごくズレている。少数派はもちろん、多数派すら大事にしていません」

 ――多数派もですか。

 「多数決は51%を押さえれば勝てる制度です。ところが過去3回の衆院選で政権を担った自民、民主両党は、半分以下の得票率で小選挙区の70%超の議席を獲得した。いずれも多数派の支持を得たとは言えない。それなのに多数決は疑われないまま使われてきた『文化的奇習』なのです」

 民意とは何だろう。安全保障法制が成立した昨年9月19日、私は参院本会議場の記者席にいた。登壇した野党議員が国会前の反対デモに触れた際、与党席から「少数!」とヤジが飛んだことを思い出す。各種世論調査の「民意」は反対が多くデモも頻発したが、与党は衆参多数の議席を背景に押し切った。政権は「民意を得ている」として政策を推し進めている。

 「民意ではなく、選挙結果と言うべきです。政策課題が『財政』『外交』『環境』とあるとします。政策別ならB党支持が多くても、選挙になるとA党が勝つことがある=表。オストロゴルスキーのパラドックスと言います。選挙は、各政策への多数意思を反映するものではないのです」

 ――それでも小選挙区制度で政権交代が可能になりました。政権に一定の裁量を与え、選挙で審判を仰ぐのが基本ではないですか。

 「国会では有力政党が三つか四つ。そこに公約が数年に一度、『抱き合わせ販売』されています。アベノミクスは支持するが、他の政策にはノーが言いたい、そんな人はどこに投票すればいいのでしょう」

 「多数決の正当性を確保するのは極めて難しい。だから権力の暴走を食い止める権力分立と人権保障によって、多数決で決められることを制限する。これが『立憲主義』です。権力に一定の裁量は許されても、憲法の範囲内でなければなりません」

 ――その憲法は改正しにくいとされてきました。

 「確かに改憲手続きを定めた憲法96条は、衆参両院で3分の2の議席がないと発議できません。しかし、小選挙区制では半数に満たない有権者によって地滑り的勝利が可能ですから。参院選も1人区が32もあります。3分の2は難しくない。96条は見かけよりはるかに弱いのです」

 ――いまの多数決に代わる案はありますか。

 「フランス革命前、科学者ボルダは広い意思を示す方法として、選択肢が三つの時、1位に3点、2位に2点、3位に1点を配点する『ボルダルール』を考案しました。今は中欧スロベニアが採用し、太平洋の島国ナウルも似たような制度を採用しています。豪州は決選投票のような仕組みを用いている。これらの国で有権者は1位だけでなく2位や3位も選べるのです」

 ――そうした制度の改正はすぐにはできません。現状に不満を持つ有権者は、夏の参院選でどうすればいいと考えますか。

 「一番支持する候補というよりも、自分がギリギリ許容できる政党のなかで勝つ可能性が一番ある候補に投票することです。でも選挙でしか意思表示ができないというのは、制度としては貧しい。選挙以外のデモや言論などのルートを尊重する文化を担うことです」

     *

 1975年生まれ。慶大経済学部教授(社会的選択理論)。著書に「多数決を疑う」「社会的選択理論への招待」など。

 ■取材後記

 小学校のクラス委員長選挙に始まり、多数決をあらゆる場面で体験してきた。選挙における多数決の正当性を疑っていなかった私は、坂井氏の話に目からうろこが落ちた。

 政治がその時々の民意に流されているだけではかじ取りできないだろう。公約していない政策課題が出てくるし、時には増税など痛みを強いる決断も必要だ。

 だが、最近の政治は政権を握ると、増幅された議席を「民意」と言い切り、「決められる」政治へと突き進んでいないか。多数決による意思の集約には限界があることを、為政者は謙虚に受け止めるべきだと思う。

 (相原亮)

 =おわり

 ■オストロゴルスキーのパラドックス

       財政 外交 環境 支持政党

有権者(1) A党 A党 B党  A党

有権者(2) A党 B党 A党  A党

有権者(3) B党 A党 A党  A党

有権者(4) B党 B党 B党  B党

有権者(5) B党 B党 B党  B党

政策別の結果 B党 B党 B党 《選挙結果はA党》

 〈政策別でみるとB党支持が多いが、選挙結果はA党が勝利する例〉
    −−「考2016:5 政治の正当性 経済学者・坂井豊貴さん 多数決、死票多く生む」、『朝日新聞』2016年01月09日(土)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12150681.html





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