覚え書:「憲法のある風景 公布70年の今/5止 忍び寄る『軍学共同』 日本の研究に米国防機関が食指」、『毎日新聞』2016年1月6日(木)付。

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憲法のある風景
公布70年の今/5止 忍び寄る「軍学共同」 日本の研究に米国防機関が食指

毎日新聞2016年1月6日
(写真キャプション)研究室で人工筋肉の実験装置を前に話す平井利博・信州大名誉教授。「人々の生活を豊かにしたい」との思いを持ち続ける=丸山博撮影

 信州大名誉教授の平井利博さん(68)は今も、繊維学部(長野県上田市)の小さな研究室で実験を重ねる。さまざまな素材を試し、ゲル状にした樹脂に電圧をかけると、反ったり曲がったりすることを既に発見した。これを人工筋肉として活用しようという研究だ。

 実験装置は定規やテープを使って手作りした。電圧のかけ方によって上下左右に思い通り動かせるようになった。実用化できれば、今のパワーアシストスーツのような大がかりな仕組みはいらなくなる。

 この研究は、体の機能に障害がある人やリハビリの支援に役立てようと進めてきた。しかし、軍事に絡む誘いを受けた過去がある。

 1990年代後半、平井さんは見知らぬ米財団から、米サンディエゴのフォーラムに招かれた。評価委員を名乗る人たちに研究成果を披露すると、矢継ぎ早に質問を受けた。「素材の耐久力は」「なぜ動くのか」。関心を持たれる理由が分からず「あなたたちは何者なんだ」と尋ねた。相手は答えなかった。

 帰国直後、研究室にジーンズ姿の米国人が訪ねてきた。名刺にある所属先は「DARPA(ダーパ)」。米国防総省傘下で、年約3000億円もの予算を民間の研究機関に配分し、革新的な軍事技術を生み出してきた国防高等研究計画局だ。

 人工筋肉は当時、地味な分野。実物を見たこの米国人は手をたたき「とりあえず3000万円くらいの予算をつけたい」と契約書を提示した。その頃、大学から得ていた年間研究費の10倍。ただ、ダーパによる権利独占と守秘義務が条件で、軍事分野に使われる可能性もあった。「この研究は病気や事故に遭った人を助けるためのもの」と断った。

 その少し後、日本の私大の機械工学者から、ダーパのアプローチを受け、契約を結んだと聞いた。彼の研究は、水中で小型潜水艇を静止させる技術。「表にしてはいけないと言われている」と多くを語らなかったが、研究規模はみるみる大きくなっていった。

 国から兵器開発に協力させられた歴史を反省し日本の科学界は戦後、軍事研究と距離を置いてきた。それが今、縮まってきている。

 昨年12月上旬、東京都内のイベントで、東京大などが開発した2体のロボットがトンネル内のトラック火災を消すデモンストレーションを行い、拍手を浴びた。2体は半年前、ダーパ主催のコンテストに参加していた。日本の大学の参加は初めてで、ダーパはコンテストについて軍事転用の可能性を示唆していた。

 国立大改革に伴い大学の研究費が減る中、防衛省との共同研究が増えている。防衛省は今年度初めて、大学や独立行政法人、企業などを対象として防衛装備品に応用できる研究の公募(1件当たり最大年3000万円)を始めた。109件の応募があり、9件が採択された。

 海洋研究開発機構(神奈川県横須賀市)の任期付き研究員、浜田盛久さん(41)は任期切れ後の進路が決まっていない。自分のように、安定的な地位を得られない大学院修了者が増加している。「経済に科学技術がコントロールされれば、こうした立場の弱い研究者は従わざるを得なくなる」と危ぶみ、「軍学共同」に反対する。

 信州大名誉教授の平井さんは99年、国際的な技術者の教育プログラムを審査・認定する「日本技術者教育認定機構(JABEE)」の設立に関わった。兵器、公害、地球温暖化−−科学は人を不幸にもする。当時「科学者は成果の使われ方まで考える必要がある」との思いを深めていた。

 設立準備会で「このままでは過去の失敗を繰り返すかもしれない」と強調した。機構は教育プログラムの基準に「社会に負っている責任に関する理解」などを挙げた。平井さんは信州大教授を定年退任した3年前まで全国各地の大学を回り、科学者倫理を指導した。

 平井さんの人工筋肉は物を動かす力や耐久性が不足し実用化に至っていない。結果は分からないが、あの時に3000万円をもらっていれば研究のスピードが増し広がりがあったのではと思うこともある。「でも断ったから縛られずに研究ができる。科学は人類の幸せのためという夢を追いかけられる」=おわり(憲法70年取材班=川上晃弘、川崎桂吾、林田七恵、和田武士、遠藤孝康、倉沢仁志、井川加菜美、松本尚也、清藤天が担当しました)

学問の弾圧・統制、反省踏まえた規定

 学問の自由は大日本帝国憲法に規定されていなかった。戦前、軍国主義、統制主義が進む中で、学者に対する思想弾圧が相次いだ。戦時中には総力戦の名の下に、大学研究者を「科学動員」して兵器開発に従事させた。

 こうした歴史を踏まえ、日本国憲法は「学問の自由の保障」を明文化した。保障される具体的な内容としては、研究の自由▽研究発表の自由▽教授の自由−−が挙げられる。また、日本学術会議は1950年、「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない」との声明を出している。

 科学を巡る状況の変化に危機感を抱いた池内了・名古屋大名誉教授(宇宙物理学)らは2014年7月、「軍学共同」に反対する署名活動を始めた。「研究費が削減される中、国は研究費や補助金で研究者に圧力をかけようとしている。このままでは学問の自由が踏みにじられかねない」と主張し、約1600人の賛同を集めている。

23条

 学問の自由は、これを保障する。
    −−「憲法のある風景 公布70年の今/5止 忍び寄る『軍学共同』 日本の研究に米国防機関が食指」、『毎日新聞』2016年1月6日(木)付。

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http://mainichi.jp/articles/20160106/ddm/041/040/120000c


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