覚え書:「インタビュー:歴史から学ぶ 米コロンビア大学教授、マーク・マゾワーさん」、『朝日新聞』2016年01月13日〔水)付。

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インタビュー:歴史から学ぶ 米コロンビア大学教授、マーク・マゾワーさん
2016年01月13日

(写真キャプション)「1821年のギリシャ独立戦争をテーマに、欧州すべてがかかわった大きな物語として描きたい」=ニューヨーク、増池宏子氏撮影
写真・図版

 相次ぐテロや難民問題に揺れる欧州で、排外的な政治思想が勢いづいているように見える。民族対立や大国の争いに翻弄(ほんろう)されてきたギリシャや中東欧の歴史を専門とする気鋭の歴史家、マーク・マゾワーさんは、国際社会の揺らぎが真の危機を招くと警告する。歴史に処方箋(せん)はあるのだろうか。歴史家の役割とは何か。

 

 ——欧州の2016年をどのようにみていますか。

 「とても深刻です。多くの人が職を失った経済危機に十分な取り組みができていないなかで、難民危機が起きています。二つの危機に隠されたように潜んでいる根深い問題は、欧州の高い失業率をどうするのか、です。欧州連合(EU)は若者に仕えているのか、高齢者に仕えているのか。この構造的な問題から目を背けたままでは結局、解決には至りません」

 ——難民危機の出口もなかなか見えません。

 「欧州にとって難民問題は新しい話ではありません。20世紀の欧州史は難民史と言えるほどです。ロシア革命第2次大戦、東西冷戦、様々なきっかけで多くの人が移動を強いられました。さらに難民ではありませんが、欧州が復興をとげた1950年代の経済成長は、北アフリカやカリブ地域、インドやトルコからの移民の労働力が大きかった。ただ、今回の危機には独特の難しさがあります」

 ——なんでしょうか。

 「シリアという、欧州の存在感が大きくない地域における戦争から生みだされた難民だという点です。さらに、欧州域内の自由な往来を認めるシェンゲン協定はあっても、域外から押し寄せる難民に備える政策はないも同然でした。急いで対応を進めているとはいえ、そう簡単ではないでしょう」

 「ただ、たとえばギリシャはトルコや中東と、ポーランドはロシアと、それぞれ長いつきあいがあります。異なる国であっても、地層のように織り重なる歴史を共有しています。それを活用して(異なるものも)うまく包摂することがEUの強みであるはずです。(難民危機をきっかけに域外に対し)防御的、内向的になっていることは、長い目でみれば欧州の力をそぐ結果になると思います」

 ——20世紀の欧州の歴史から、何を学ぶべきですか。

 「民主主義のすばらしさよりもその脆弱(ぜいじゃく)さでしょう。民主主義がもろくも崩壊し、独裁政治を許したのが欧州の20世紀でした。だからナチス・ドイツが敗れた45年以降、民主的な欧州をとても注意深く再建してきました。人権や自由を価値として強く意識し、人種差別をタブー視した。もちろん、それでも同性愛者や女性は十分な権利を与えられていないと思うでしょうし、反ユダヤ主義も撲滅できたわけではありません。しかし、社会全体に気を配りながら、リベラルな欧州へとゆっくりと歩みを進めてきたことは確かです」

 「そんな欧州社会の個性が、強い圧力にさらされています」

 ——大衆迎合的な主張への支持が広がっていますね。

 「私は80年代からギリシャの研究を始め、暮らしたこともあります。第2次大戦中にはナチス・ドイツに占領され、多くの人が亡くなった場所です。そのギリシャでも、ナチズムのような思想が頭をもたげています」

 「欧州に限らず、人気を得たい政治家が、移民を禁じよう、追いだそうと言ったり、反イスラム的な発言を好んだりしています。テロの脅威、安全保障上の脅威から国家を守るためにもっと強い監視を、と訴える勢力が各地で支持を集めつつある。冷戦後には『民主主義の勝利』が語られましたが、いま、そんな話は聞かなくなりましたね。共産主義に勝ったのは民主主義ではなかった。資本主義でした。排外的なナショナリズムや人種差別との戦いは何度も繰り返され、終わることはありません」

     ■     ■

 ——共産党一党支配の中国が、経済力をてこに存在感を増しています。民主主義への脅威にはならないでしょうか。価値観が異なるはずの英独仏など欧州の国々は、経済を軸に関係を強めています。

 「欧州の誰もが、中国の政治モデルに魅力なんて感じていないでしょう。専制政治は流行遅れで、脆弱なものだと思われています。自由と民主主義を脅かす挑戦は、中国からではなく、先ほど述べたような(ポピュリズムや排外的なナショナリズムなど)自らの内部から、もたらされるものです」

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 ——著書「Governing the World(邦題『国際協調の先駆者たち』)」では、国際機関の変遷を通して世界統治のありかたを書いていますね。新興国の台頭でどう変わりますか。

 「現在の国連、国際通貨基金IMF)、世界銀行世界保健機関(WHO)といった国際機関の多くは、第2次大戦が終わってから数年でうまれました。米国の経済力が後にも先にもないほど他を圧倒していた、めずらしい瞬間につくられたものです。それでも米国が国連を思い通りに運営できたかといえば、そんな時代は限られていたし、むしろ思い通りにならないと距離を置いたりもしていた。ただ米国は、自らの価値観や影響力をあまりコストをかけずに広げる場として、IMFや世銀などを利用していたのも事実です。そして、それによって自らも利すると考える国々がいるからこそ、機能する仕組みなのです」

 ——そこに中国が挑戦しようとしているのではありませんか。アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立にも動きました。

 「自然な動きです。70〜80年代にはドイツと日本が偉大なる経済成長をとげましたが、両国とも第2次大戦の敗戦国として政治的に不利な宿命を背負っていました。中国は違います。挑戦を受けている米国をふくめ、どの国もいま、新しいポジションにいます」

 「新しく力を持つ国と権力を分け合う国際機関は生き残り、そうではない機関は競争にさらされる。競争も悪い話ではありません。国連では、中国は安全保障理事会常任理事国です。彼らはこれを変えようとしませんね。しかし世銀やIMFはどうか。新しいパワーと競うつもりの国際機関は、競争に敗れれば、傍流に追いやられるかもしれません」

 「北京はいまよりもっと重要な場所になるでしょうが、ワシントンはたいへん重要な場所として残ります。欧州は域内で協調できれば、パワフルな存在であり続けます。第1次大戦勃発からちょうど100年だった2014年は、中国台頭と第3次大戦を語るのがはやりました。多くの人は歴史にモデルを探そうとしますが、私は違うと思います。常に新しいポジションが生まれているのです。欧州の時代があり、米国の時代が続いた。いま、それに続く新しい段階にあります。そもそも、誰かが単独で世界を統治できた時代など、実はなかったのです。100年前もいまも」

 ——対抗する勢力が均衡するまで、不安定な時代が続くのでは。

 「異なる発展戦略から、別の成果が生まれるかもしれません。結果は見えていない。私は歴史家として、ギリシャという小さな国の研究を出発点にしているので、ワシントンの視点とは違うかもしれませんね。ひとつのパワーが世界を統治する姿と比べ、多国間の競争と協力は悪いことでしょうか」

 「ほんとうの危機は、国家間の対立そのものよりも、テロリズムや気候変動といった世界共通のリスクに協調対応できない国際関係の隙間をついてやってきます。世界はいま、マネーが自分勝手に駆けめぐるグローバルな資本主義によって富の不平等が拡大しています。政治が取り組むべきは成長よりも、むしろ富の再配分への介入だと思います」

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 ——歴史家の役割は。

 「政治家はいつの時代も、権力に都合よく歴史を読み替え、利用しようとしたがるものです。時代背景が異なる何百年も前の事例を、あたかも現代に通用する物語として聞かせたがる場合もある。そのときに『間違っている』と声をあげ、ただす役割は非常に重要です。だから、歴史家は権力から独立していなければならない。私の語る歴史を政治家が好もうが嫌おうが知ったことではない、と」

 「欧州各国も二つの大戦について、自国の歴史家に公的な歴史を書かせました。もちろん、なかには良い仕事もあり、私もそこから学びました。しかし、学問の自由と政治の間には、常に矛盾があるものです。私は結果的に自分が間違った判断をしてしまうことがあったとしても、政治からは解放され、自由でいたいと思います」

     *

 Mark Mazower 1958年ロンドン生まれ。専門は20世紀欧州史、国際関係史。邦訳著書に「暗黒の大陸」「国連と帝国」など。

 

 ■取材を終えて

 「サロニカ(ギリシャの都市テッサロニキの別名)」(未邦訳)など多くの話題作を持つマゾワーさんの三つの著作が昨年初めて、邦訳された。日本でもより広く知られるようになるだろう。本棚に囲まれた研究室の壁に、帝政ロシアから英国へ移住した祖父母の写真が飾ってあった。彼もまた、移動する欧州人をルーツとする一人である。(編集委員・吉岡桂子)
    −−「インタビュー:歴史から学ぶ 米コロンビア大学教授、マーク・マゾワーさん」、『朝日新聞』2016年01月13日〔水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12155769.html


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