覚え書:「インタビュー:親子になる 家庭養護促進協会大阪事務所理事・岩崎美枝子さん」、『朝日新聞』2016年1月14日(木)付。

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インタビュー:親子になる 家庭養護促進協会大阪事務所理事・岩崎美枝子さん
2016年1月14日


「まだ言葉をしゃべれない子どものほうが、親の気持ちを察知する能力はむしろ高いと思います」=伊藤菜々子撮影
写真・図版
 多くの人にとって最も大切で、かつ面倒くさい人間関係のひとつが「親子」ではないだろうか。親子関係の本質とは何か。複雑に絡んだ関係の糸をどうほぐせばよいのか。実の親が育てられない子の育て親を新聞を通じて募集し、血縁のない人同士が「親子になる」ことを50年近く支援してきた岩崎美枝子さんに聞いた。

 

 ――実の親子でも悩みの種は尽きません。血縁のない人同士が親子になるには、並々ならぬ苦労があるのでは。

 「確かに、実の親子なら小さなトラブルで済むようなことが、大ごとになる場合もある。だけど、意識的に親子になろうとする分、逆に親子関係の本質が見えてくる面もあります」

 ――どういうことですか。

 「だいたい1歳半以降の子どもたちが、施設から育て親の家庭に移った際に、共通して見られる行動パターンがあります。引き取って1週間ぐらいはみな聞き分けのよいお利口さんで、私たちは『見せかけの時期』と呼んでいます。だけど、その後は豹変(ひょうへん)する。赤ちゃん返りをしたり何かを激しく求めたり、様々な形がありますが、親が嫌がったり困ったりすることを執拗(しつよう)に繰り返すのが特徴です」

 「例えば、お母さんが女の子を引き取るのでじゅうたんを新調したのに、子どもがその上でお漏らしをしてしまった。その時に『せっかく買ったのに』と顔をしかめたらそれを見て、おしっこをする時に必ず同じじゅうたんの上に行って『おしっこ出る出る、出たあ』とやるんです」

 「スナック菓子しか口にせず、食べ残しを床いっぱいにばらまく子。色とりどりのビーズをひもに通すよう親に求め、それができると、バラバラにしてはまたひもに通させる、ということを延々と続ける子。私たちはそれらを『試し行動』と呼んでいます。個人差はありますが、平均すると半年ぐらいはそれが続きます」

 ――言葉もまだ十分にしゃべれない子どもたちが、大人を「試す」のですか。

 「どこまで意識してやっているのか分かりませんが、弱点を見抜き、そこを的確に攻め込んでくる。親の嫌がる雰囲気は子どもに確実に伝わっていると思います。その上で『嫌がることを繰り返す私を、あなたはどれだけちゃんと受け止めてくれるのか』を確かめようとしている。子どもたちの中には、『そこまでやらないと大人を信じられない』という何かがあるのではないか」

 ――それは、子どもたち自身の経験が影響しているのですか。

 「そうだと思います。大多数の赤ちゃんは、生まれてまもなく親に抱きとめられ、母親の胎内で感じていたであろう安心感がそのまま引き継がれる。だけど、何らかの事情で生まれてすぐに親から引き離された子は、自分が守られるべき世界が突然なくなった恐怖を感じたはずです」

 「乳児院で育てられても、何人もの保育士が赤ちゃんをケアするから、特定の大人と信頼関係を取り結ぶことはなかなか難しい。そんな中で、子どもたちは『誰かに心の底から受け入れられたい』という欲求をあきらめてしまう。育て親になろうという人が現れ、『この人なら受け入れてもらえるかも』という思いが芽生えた時、受け入れへの欲求が再び目覚め、試し行動が始まるのでしょう」

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 ――たとえ血がつながっていても、心の底から親に受け入れられることを、あきらめてしまった子どもも多いのでしょうね。

 「確かに、うちで世話する子どもたちは、関係が固まってしまった実の親子よりも、試し行動という形で育て親に素直に欲求を出しやすいとも言えます」

 「試し行動をやめさせようとすると、かえってひどくなる。最近のケースでも、2歳の女の子が『いやや、いやや!』と泣きわめくばかりで、おしめも換えられないし、お風呂にも入れられない。親御さんは『そんなにつらいことがいっぱいあるねんな。ごめんな、何もできなくて。あなたがどれだけ泣いても付き合うわ』と話しかけ、待ち続けた。その対応がよかったのか、泣き続けるのは3日ほどで終わりました」

 「泣きやまずに近所から虐待を疑われたり、施設に戻されたりするケースもあります。逆に片時も親から離れようとせず、トイレに行く時までくっついて、親を疲れ果てさせる子も多いです」

 ――試し行動を受け入れ、終わりを待つしかないのですか。

 「待ち方にも色々ある。いくら泣きわめこうと『私はあなたの親になるつもりで付き合っているねんから、それを分かってよ』というくらいの覚悟が親にあると、子どもはその覚悟を読みます」

 「高い所に立って『こっから落ちて死んでやる!』と言った5歳の男の子に、『あんたが死んだらお母ちゃんも死ぬ!』と叫んだ親がいる。そしたら『お母ちゃんは死んだらあかんから、僕も死なない』と。そういうことをとっさに言えるのが覚悟の表れでしょう」

 ――頭で考えた生半可な言葉では子どもは納得しない、と。

 「誰にもなつかない子、神経質で難しい子ほど、本当は育てがいがある。ひとたび心を開けば表情が柔らかくなり、ほおずりをしたり、顔を見つめて何度でも『かあちゃん』と呼んでくれたり。かつては試し行動に疲れ果てていた育て親が『抱きしめると、ふわーっと体にもたれかかってきて、本当にかわいいんですう』と報告しに来たりもします」

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 ――一方で、思春期に育て親との関係がこじれてしまう子も少なくないと聞きます。

 「血のつながりがあってもなくても、思春期は『第二の試し』の時期です。『私はそれなりに親に愛されてきたから、自信をもって世の中に出ていける』ということを確信するため、親にもう一度揺さぶりをかける。それまでの子育てで手抜きがあると、親子関係が壊れてしまうこともあります」

 ――家庭養護促進協会編の「親子になろう!」という本には、3歳の時に引き取った中学2年の娘に対する、母親の嘆きが紹介されていますね。「自己確立がなく、周囲とのトラブルが際限なく起こります。1歳なら1歳、2歳なら2歳の時に刷り込んでおかないといけないことは、後年になってどんなに努力しても、その子自身の血や肉にはならない」と。

 「生まれてからの3年分を取り戻すのは大変です。このケースでは、子どもが試し行動として赤ちゃん返りを起こしましたが、母親が十分応えられなかった。子どもは『この人なら自分を受け入れてくれるかも』という期待を裏切られた。思春期になり、その揺り返しが出たという見方もできます」

 ――親自身も、自分の親から受け入れられて育ったとは限らない。親に厳しすぎませんか。

 「確かに100%の親はいません。逆に『親のどこが悪かったんやろう』と私たちが首をひねるケースもあります。親が逃げようとしたり、自分を正当化したりすれば、子どもはますます反抗する」

 「子どもに『こうあって欲しい』と望み過ぎる親や、子どもが本当は何を求めているのか理解できない親は、子どもにとってしんどい。『お母さんは自分の中の弱さを認めてくれなかった。それがすごくつらかった』と、大人になってから話してくれた子もいました。だけどたいていの子どもたちは、親が子を見捨てさえしなければ、いつか親のところに戻ってくる。そう信じさせてくれる子どもたちを見てきました」

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 ――なぜ、しんどい仕事を50年近くも続けているのですか。

 「20代後半からこの仕事をして、色々な人に出会って、『人ってそんなにえらくもなければ、どうしようもないぐらいひどいものでもないな』と思うのです。その人たちのそれぞれの思いのこもった生き方を、とても『いとおしい』と感じるようになりました」

 「親子と一緒に七転八倒して苦しんだり、泣いたり怒ったりもしていますが、私たちは基本的には楽しくやっています。それは良さも悪さも、強さも弱さもひっくるめて人間の色々な生き様にしっかり向き合いつつ、子どもの人生に影響を及ぼす仕事だからだと思います。子どもの育ちは私たちの喜びであり、子どものつまずきは私たちのつまずきでもあるんです」

 「周囲に対して、バリアーを張っている強情な子がいる。そういう子がちらりと見せる笑顔や、ちょっとした時の目つきに、しびれるぐらいの魅力を感じます。その子の奥に何があるのか、私は見たい。人間が好きだし、人間がおもしろいからです」(聞き手・太田啓之)

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 いわさきみえこ 1940年生まれ。63年大阪市中央児童相談所に入り、67年家庭養護促進協会に。著書「子どもの養子縁組ガイドブック」(監修)など。

 

 ◆キーワード

 <家庭養護促進協会> 児童相談所と協力し、新しい家庭が必要な子どもに育て親を探し、縁組する「愛の手運動」を1962年から行う公益社団法人。縁組後の支援もする。大阪と神戸に事務所があり、大阪は毎日新聞、神戸は神戸新聞ラジオ関西で子どものプロフィルを紹介し、育て親のなり手を募集している。
    −−「インタビュー:親子になる 家庭養護促進協会大阪事務所理事・岩崎美枝子さん」、『朝日新聞』2016年1月14日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12157605.html





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