覚え書:「今週の本棚・本と人『勇気の花がひらくとき やなせたかしとアンパンマンの物語』 著者・梯久美子さん」、『毎日新聞』2016年01月17日(日)付。

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今週の本棚・本と人
『勇気の花がひらくとき やなせたかしアンパンマンの物語』 著者・梯久美子さん

毎日新聞2016年1月17日 東京朝刊

カルチャー
本・書評
紙面掲載記事

ノンフィクション作家の梯久美子さん=徳野仁子撮影
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 (フレーベル館・1296円)

戦争体験し「人を喜ばせたい」 梯久美子(かけはし・くみこ)さん

 漫画家、やなせたかし(1919−2013年)の伝記だ。部下として働いていたこともあり、定評のある取材力が光る。対象は「小学校中学年以上」だが、悲しい記憶を抱えながらヒューマニズム豊かな作品を発表した生涯が再現され、大人にも活力を与えてくれる。

 テレビなどで見るやなせの表情は、代表作「アンパンマン」の主人公同様穏やかだ。だがその人生にはつらいことがたくさんあった。5歳で父親と死別。母親は再婚し、離ればなれとなった。弟は戦死。自身も中国で過酷な体験をした。目前で戦友が死んだこと。病気や飢えも。

 自身は2005年、『散るぞ悲しき』で作家デビューした。第二次世界大戦の激戦地・硫黄島で指揮をとった栗林忠道に迫った作品。やなせは喜び、雑誌の対談に招いてくれた。「やなせ先生は、戦争体験を晩年まで話しませんでした。思い出したくなかったのでしょう。対談のとき先生の体験を知りました」

 やなせは戦後、34歳であこがれの漫画家になるが、人気が出ない。空腹の人に自分の顔を食べさせるアンパンマンも、当初は大人に評判が悪かった。しかし<飢えている人に食べものをわけてあげることこそが、けっしてひっくりかえらない、ほんとうの正義>と書き続ける。暗い思い出を、「人を喜ばせたい」という創作エネルギーに転化させていったことが分かる。やがて子どもたちに愛され、国民的物語となりアニメ化もされた。

 一方で多数の表現者を育てた。1973年、『詩とメルヘン』を創刊。30年間にわたり編集長を務めた。「高校生のころから詩を投稿し、何度か掲載されたんです」。当時を思い出したのか、目を輝かせる。北海道大を卒業後上京し、「先生のもとで働きたくて、出版している会社に就職しました」。

 経済的に苦しい詩人を雇ったり、イラストレーター志望者のために紙上コンクールを開いたり。<むかしの自分のように、お金がなくて無名でも、夢をもっている人たちの力になろうとしたのです>。自身がフリーになったときは、仕事の場を与えてくれた。

 「一方的にお世話になっただけ。もっと親しくて、書ける人はいると思うのですが……」と語るが、恩師の魅力と業績を広く伝える作品だ。<文・栗原俊雄 写真・徳野仁子>
    −−「今週の本棚・本と人『勇気の花がひらくとき やなせたかしアンパンマンの物語』 著者・梯久美子さん」、『毎日新聞』2016年01月17日(日)付。

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