覚え書：「読書日記　今週の筆者は社会学者・上野千鶴子さん　民主主義を動かす若者たち」、『毎日新聞』2016年1月19日（月）付夕刊。

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読書日記
今週の筆者は社会学者・上野千鶴子さん　民主主義を動かす若者たち

毎日新聞2016年1月19日　東京夕刊
　＊１２月１５日〜１月１８日

　■ぼくらの民主主義なんだぜ（高橋源一郎著・２０１５年）朝日新書・８４２円

　■民主主義ってなんだ？（高橋源一郎×ＳＥＡＬＤｓ著・２０１５年）河出書房新社・１２９６円

　■ＳＥＡＬＤｓ　民主主義ってこれだ！（ＳＥＡＬＤｓ編著・２０１５年）大月書店・１６２０円

　２０１５年の流行語大賞になってもおかしくなかったのが、「民主主義」ということばだ。教科書にしかなかった「立憲主義」も、人口に膾炙（かいしゃ）した。これもそれを踏みにじった安倍政権のおかげ。民主主義とは国民が主権者だということだから、憲法を守る義務があるのは国民ではなく政治家や公務員の方だというあたりまえの主権者意識が、国民のあいだに拡（ひろ）がった。

　昨年はたてつづけに「民主主義」をタイトルに含む本が世に出た。朝日新聞の論壇時評に５年間という史上最長不倒記録（！）をうちたてた作家の高橋源一郎さんが、過去４年間の「時評」をまとめたものに、「ぼくらの民主主義なんだぜ」というタイトルを冠した。１１年から１５年までといえば、あの大震災から自民党が政権に復帰した国政選挙を経て、とつぜんの「消費増税先送り」解散、そして集団的自衛権行使容認の解釈改憲、特定秘密保護法成立までの４年間だ。本書が刊行された昨年５月には戦争法案こと、安全保障関連法案が国会に上程されていた。それから事態は国会の内でも外でも急展開したのだけれど、それまでの４年間のテーマを串刺しにするように「民主主義」ということばが浮かんできた、という高橋さんの直観は正しかった。

　夏の国会前の熱気を反映するかのように、高橋源一郎×ＳＥＡＬＤｓによる「民主主義ってなんだ？」が、緊急出版された。それに呼応するように出たのが、デザイン、装丁、構成、文章まで若者たちが自分の手で作り出したＳＥＡＬＤｓ「民主主義ってこれだ！」。

　国会前のかけ声のなかで、もっとも感動的だったのが「民主主義ってなんだ？」「これだ！」のコール＆レスポンスではなかっただろうか。民主主義は遠い未来や幻想じゃない、たったいま、ここにある、「わたしの声」を届かせようとするひとりひとりの実践のなかにある、という強い肯定がその場にはあった。

　ジョン・レノンがオノ・ヨーコと恋に落ちたときのエピソードがある。ヨーコの個展に行ったジョンが、ハコに開けた小さな穴から覗（のぞ）く仕掛けの先に見たものが、「ＹＥＳ」という一語だったから、というもの。それが「ＮＯ」であっても意外ではなかった。だが、ＮＯではなくＹＥＳというまったき肯定のサインを見て、ジョンはヨーコに心を動かされたのだという。

　「民主主義ってなんだ？」「これだ！」には、ハンパなシニシズムや無力感、絶望感をはねかえす力強い肯定の感覚がある。まっとうなことをまっとうに言うひとたちに対して、久しく「純粋まっすぐ正義くん」などと揶揄（やゆ）してきた、訳知りで斜にかまえた評論家ふうの物言いをはねとばす勢いがある。バイトやデートに行くこととデモに行くこととが等距離で並ぶような、悲壮感のない日常性の感覚がすこやかだ。

　ＳＥＡＬＤｓの奥田愛基（あき）くんは「民主主義は道具だから、使い方に習熟しなければならない」という。彼らは、日本はおよそ４０年間デモの経験値のない社会を継続してきたが、「デモなんかやっても意味ない」「何を言ってもムダ」という若者を揺り動かして起こす役割を果たした。「１００年後も心配はない。たぶんまた誰かが始めるから……」。こんな歴史に対する信頼のことばがまぶしい。

　今年は１８歳選挙権が施行される年。１８、１９歳の有権者２４０万人は、いったいどんな選択をするだろうか。それ以前に彼らが生きる学校や家庭、地域社会が「言ってもどうせムダ」と声を封殺していく場であることが気になる。

　筆者は上野千鶴子、松井孝典、津村記久子、松家仁之の４氏です。

　■人物略歴

うえの・ちづこ

　東京大名誉教授、認定ＮＰＯ法人「ウィメンズアクションネットワーク」理事長。「おひとりさまの老後」など著書多数。
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