覚え書:「読書日記:著者のことば 村田沙耶香さん」、『毎日新聞』2016年1月19日(火)付夕刊。

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読書日記
著者のことば 村田沙耶香さん

毎日新聞2016年1月19日 東京夕刊
  ■消滅世界 村田沙耶香さん(河出書房新社・1728円)

恋愛、家族のない世界

 「夫婦間のセックスがなくなる世界を書き始めたら、恋愛や家族までどんどん消えていった。物語の力に引きずられ、コントロールできなかったのです」。書いた本人がこう言うのだから、読者はめくるめくばかりの想定外に連れて行かれること必至。人工授精による妊娠・出産が当たり前になった先に広がる世界の思考実験だ。もう一つの現代日本社会を、息を詰めるようにして読まされる。

 人々は結婚後も恋人をつくり、「キャラ」に恋をしている。夫婦間のセックスはおぞましい「近親相姦(そうかん)」とみなされる。主人公の雨音(あまね)は例外的に、父母の<原始的な交尾>で生まれた。この出自が<消滅世界>に立ち向かう原点となる。身近な日常から着想した。「私のアルバイト先のコンビニには『彼氏はつくらない。(将来)セックスする気もない』と言う10代のアニメ好きの女の子がいました。また、子供だけを求めて排卵日に(勃起を促進させる)薬を飲んでセックスする夫婦の話も聞いた。突拍子もないことを考えたつもりはありません」

 雨音は婚活パーティーを通じ結婚する。夫とは清潔で無菌な関係を保ち、外で恋人とデートを重ねる“人並みの生活”を送る。「現代で言う『不倫』や『浮気』がまるごと肯定されているのが作品の根幹かもしれませんね」。そして雨音と夫は、実験都市・千葉へ移り住む。ここは国家が生殖と育児を管理する「楽園(エデン)システム」が採用され、男性も人工子宮での妊娠を試みる。すべての大人は「おかあさん」、子どもは「子供ちゃん」と呼ばれ、「家族」はない。

 みんな笑顔で男女平等なユートピアと想定して筆を進めたが「住民たちが自分の頭で考えるのを放棄しているのが怖かった。理想的な人間工場のはずが、手に負えなくなりました」。問題を国家があまねく解決しようとする時に暴力は発動される。ナチスや軍国日本の実例をみるまでもなく。本作のエデンでは、実は多くの命が捨てられているだろうことが行間ににじむ。

 雨音は洗脳されつつも、ラストで自己存在の確認に挑む。「未来というよりは、原始とか原初への想像力が働いたのかもしれない」<文と写真・鶴谷真>
    −−「読書日記:著者のことば 村田沙耶香さん」、『毎日新聞』2016年1月19日(火)付夕刊。

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読書日記:著者のことば 村田沙耶香さん - 毎日新聞


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消滅世界
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