覚え書:「インタビュー:バルセロナの挑戦 街づくり専門家、ダニエル・デ・トーレスさん」、『朝日新聞』2016年01月23日(土)付。

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インタビュー:バルセロナの挑戦 街づくり専門家、ダニエル・デ・トーレスさん
2016年01月23日

(写真キャプション)ダニエル・デ・トーレスさん=東京都中野区の明治大学、天田充佳撮影


 街のなかに急激に増えた外国人と、どう暮らしていくか。スペイン第2の都市・バルセロナでは、移民に関する否定的なうわさを打ち消す「反うわさ戦略」を実践し、新旧住民の間に大きな摩擦が起きるのを防いできた。欧州各国や中米にも広がりつつある「戦略」の発案者であるダニエル・デ・トーレスさんに聞いた。

 ――バルセロナでは移民が急に増えたそうですね。

 「市の人口に占める移民の割合は2000年の3%から、09年には18%になりました。10年も経たないうちに6倍に増えたのです。急増の背景には当時の好景気がありました。仕事を続ける女性と働き始める主婦が増え、家事労働の補助の需要も膨らみました」

 「誰もが新しい街の姿に戸惑っていました。中南米や南アジア、北アフリカ、旧東欧の国々に加えイタリアやフランスなどのEU諸国からも。150を超す国や地域から集まってきた人たちをみて、『私たちの街は国際的でいいね』と喜ぶ人などいませんでした」

 ――市が対応を急ぐことになり、かかわるようになりました。

 「04年から市長と副市長のアドバイザー、07年から11年まで移民担当のコミッショナーとして取り組みました。欧州各国の先例を調べたところ、共通の問題は、元の住民と移民との間に行き来が少ないことでした。住む地域も分かれてしまっていて、こうなると共生は難しいなと思いました。そこでバルセロナでは、人々の間に接点が生まれるよう政策的に誘導することにしました」

 「市のすべての部局で、政策が住民と移民とを結びつけるものになっているかどうか、点検してもらいました。図書館の蔵書や博物館の展示、スポーツ施設の利用状況、市からの情報発信ではすぐに問題が見つかりました。お祭りやイベントに助成を出す時には、移民との交流が盛り込まれていることを条件としました」

 ――抵抗みたいなものはなかったのですか?

 「経済担当の部局にはなかなか必要性を理解してもらえませんでしたが、投資を呼びかけるための訪問団を中国やブラジルに出していることがわかり、協力できる移民の人たちを紹介したら、驚かれました。移民のなかには高学歴で専門性をもった人たちが多くいるのですが、そのことを知っている人が少なかったのです」

    ■    ■

 ――「反うわさ戦略」はどうやって思いついたのですか。

 「私の母が『おまえは移民のためにいろいろやっているけれど、彼らのせいで医療費が膨らんでいる』と不満を口にしたのです。私は『医療費を押し上げているのはスペイン人の高齢者だ』と伝えました。行政や市民団体がどんなにがんばったとしても、住民の意識が変わらなければうまくいかないと気づきました。母のような誤解を取り除いていくことが必要だと思ったのです」

 「そこでまず、移民にまつわる否定的な表現や見方を集めてみました。公営住宅に優先的に入居できる、言葉を学ぼうとしない、子どもに特別な補助金が出ている、交流を望んでいない。いろいろありました。次にそうした見方が本当かどうかを調べ、反証できるデータをそろえていきました。『誤解』と言うと非難する感じになってしまうので、『うわさ』と呼ぶことにしたのです」

 ――一般の市民を「反うわさエージェント」として養成しているとのことですが、どれほどの効果があるのでしょうか?

 「日常生活のなかで、上手に働きかけをする市民の存在が不可欠です。プログラムに基づいて養成され、すでに1200人が活動しています。学校の先生や経営者もいます。エージェントには、うわさを耳にしたらその人に語りかけてもらうほか、職場や地域でワークショップを開いてもらっています。説明用に使っている漫画やコメディー動画も好評です。ワークショップのモデルもそろっており、ヒップホップや演劇を通じたものもあります」

 「経済危機を経ても予算は減らされず、市長が代わっても取り組みは続いています。おかげで誤解はだいぶ減り、住民と移民がお互いに抱く感情にも改善がみられました。メディアの取り上げ方も変わってきて、活躍する移民をシリーズで紹介するテレビ番組も始まりました」

 ――それでも、移民を悪くいう人たちはいます。

 「もちろんです。昔の方がよかったかと尋ねたら、そうだと言う人の方が多いと思います。けれども現実には、昔に戻れるわけではありません。説得できない人たちは一定数、必ずいます。大切なのは、移民をことさら歓迎もせず悪くもいわない、中間にいる人たちです。この人たちが排斥する側にならないよう、継続的に働きかけをしていくことが大事です」

 ――欧州では昨年、大量の難民が押し寄せ、パリでのテロ事件の容疑者は移民系でした。中間にいる人たちも難民や移民の存在をうとましく思い、受け入れに反対する方向に傾いているのでは?

 「残念ながら、そうだと思います。何年もかけて地道にやってきたことが、ひとたび事件が起きると崩れてしまう。そのことを痛感した1年でした。仕事がら欧州各地を回っていますが、今後の状況も楽観はしていません。各国で極右勢力が支持を広げていますし、旧東欧では状況は特に厳しい。幸い、スペインには極右政党はありませんが、油断はできません」

 「けれども、努力することをやめてしまったら、どうなるでしょうか? 考えると、本当に恐ろしくなります。積み上げたものが壊れたとしても、残るものもあると信じたい。うわさを確かめた経験や、偏見を改めた経験は、他者を拒否する方向に社会が一気に流れ始めた時に、立ち止まってみる力にはなると思うのです」

    ■    ■

 ――昨年末に初来日し、多文化共生に取り組むNPOなどと意見交換しました。

 「わずかな滞在期間でしたが、在日コリアンとの共生が完全ではないことや、中国や韓国に対するマイナスの感情を知りました。日本では同質性が好まれるとのことですが、スペインも同じです。バルセロナのあるカタルーニャには独自の文化と言語があり、スペインからの分離独立を目指す動きが強まっています。これは、スペインが多様性を包摂することに失敗している証拠です。本当に残念なことなのですが」

 「日本でも今後、外国人は増えていくでしょう。私たちのように慌てて対応するのではなく、先手を打って動き出した方がいい。世界の例から学んで準備することができるわけですから、むしろ幸運な状況だと思います」

 ――「反うわさ戦略」の取り組みは、欧州や中米などにも広がっているそうですね。

 「バルセロナの状況がバラ色かというと、そうではありません。移民の急増が大きな問題にならずにすんだという、小さな成功に過ぎません。けれども、複雑で難しい問題だからこそ、小さな成功例が注目されるのだと思います」

 「偏見は誰にでもあり、それは自分を映し出す鏡だと思います。正確な知識をもち、鏡のゆがみを補正していく。そんな効果があるから、『反うわさ戦略』が興味を持たれるのだと思います。欧州ではスイスやドイツ、ポーランドギリシャスウェーデンなどの10都市が参加する共同プロジェクトを終えたばかりです。今年はカナダ、メキシコ、ドミニカ共和国、ヨルダンから招かれています」

 ――言葉や文化的な背景が異なる人たちと暮らすことは簡単ではないだけに、課題だとわかっていても避けてしまいがちです。

 「つまるところは、社会にどれだけ多様性をもたせることができるか、ということなのではないでしょうか。社会が多様であることに肯定的な個人が増えれば、多様性も裏打ちされていきます。異なる背景や価値観を持つ人たちと接するなかで、自分自身を豊かにしていく。これは、グローバリゼーションの時代に生きるすべての人たちにとっての新たな挑戦なのだと思います」

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 Daniel de Torres 1973年、バルセロナ生まれ。コンサルタントとして欧州各地で多文化共生政策にかかわる。欧州評議会のプロジェクトのアドバイザー。

 ■先例参考に日本でも共生策を 明治大学教授・山脇啓造さん

 欧州評議会は新たな移民統合の道を模索する中で、2008年から移民がもたらす多様性を生かした地域づくりを進める自治体を「インターカルチュラル・シティー」と認定しています。現在、約60都市がこのプログラムに参加しており、なかでもバルセロナ市は先駆的な例とされています。

 バルセロナの「反うわさ戦略」は、市民参加型のユニークな取り組みで、お金をあまりかけずに効果を期待できます。応用しやすいのも利点で、欧州全域、そしてカナダや中米にも広がりつつあります。ヘイトスピーチの問題を抱える日本でも、外国人の人権擁護のキャンペーンを進める法務省自治体と連携して取り組めば、大きな効果があると思います。

 ただ、うわさの否定は市民の意識づくりに貢献しますが、それだけでは不十分です。統合を目指す理念と政策のもとに、住民同士の交流を重ね、成功事例をつくっていくことが大切です。欧州の移民をめぐる問題も、統合政策が十分でなかったことと、その難しさに起因しています。

 日本で暮らす外国人は約217万人。割合は1・7%で国際的にみれば低いのですが、外国人は特定地域に集住する傾向があり、そうした自治体では、外国人を住民として迎えるために試行錯誤を重ねてきました。浜松市群馬県大泉町などの自治体は01年から外国人集住都市会議を開いて国に提言を続け、外国人も住民基本台帳に載せる制度につながりました。

 人口減少とグローバル化で、外国出身の労働者と生活者が増えるのは確実です。政府は高度人材や留学生、技能実習生を受け入れていますが、入国を認めた外国人の生活環境の整備は自治体任せです。総務省が06年に「地域における多文化共生推進プラン」を策定しましたが、リーマン・ショック後、国の取り組みは日系人対策に偏り、現在に至っています。

 折しも東京都は多文化共生推進指針をまもなく策定し、「世界をリードするグローバル都市」を目指すとしています。外国人がもたらす多様性を脅威とみて遠ざけるのではなく、活力や創造、イノベーションの源泉として取り込んでいく方向に踏み出す時が来ています。日本は「周回遅れ」だからこそ、諸外国の経験を参考に冷静で着実な取り組みができるはずです。(聞き手はいずれも北郷美由紀)

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 やまわきけいぞう 専門は移民政策、多文化共生論。省庁や自治体の外国人政策づくりに数多くかかわる。
    −−「インタビュー:バルセロナの挑戦 街づくり専門家、ダニエル・デ・トーレスさん」、『朝日新聞』2016年01月23日(土)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12173216.html


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