覚え書:「耕論:非情、対テロ情報戦 吉村郁也さん、エフライム・ハレビさん」、『朝日新聞』2016年01月22日(木)付。

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耕論:非情、対テロ情報戦 吉村郁也さん、エフライム・ハレビさん
2016年01月22日


 昨年暮れ、テロ関連情報を集める首相直轄の「国際テロ情報収集ユニット」が発足した。華やかな国際政治の裏側で何ができるのか。世界最強の情報収集機関は何をしてきたのか。情報戦の非情な世界を知り抜く2人が重い口を開いた。

 ■「首相直轄」緊急時に生きる 吉村郁也さん(元内閣情報調査室特任情報分析官)

 過激派組織「イスラム国」(IS)による日本人人質事件から20日で1年になりました。パリでの同時多発テロなど国際社会を揺るがす事件も続発しています。日本政府は昨年暮れ、国際テロ情報収集ユニットを創設するなどの体制強化を図りました。1980年代から、中東や欧州などで国際テロに関する情報収集・分析・オペレーション(インテリジェンス)に携わってきた私は「やっと日の目を見た」という思いです。規模や能力は十分とは言えませんが、大きな一歩だと評価しています。

 中でも評価したいのが、今回の組織が「首相直轄」であることです。日本のインテリジェンス機能は警察庁公安調査庁、外務省、防衛省などに存在し、内閣情報調査室が集約する仕組みは以前からありました。しかし一刻を争う緊急時に「外務省はこう言っている」「いや警察庁は」となり、「ご判断を」と言われても首相は判断できない。縦割りの弊害を排除し、より確度の高い情報をタイムリーにエンドユーザー(最終責任者)である首相に提供し、対策につなぐことを期待します。

 ■人材育成が課題

 ただ、海外でのテロ情報収集には、大きなリスクを伴うことがあります。こちらがテロ組織をウォッチする以上、相手もこちらを見ている。イラン・イラク戦争末期、在イラク日本大使館に勤務していた私は、誘拐された邦人企業社員を引き取るためイラン国境まで行きました。相手方に指定された場所に向かうのですが、それが「わな」かどうか、最後は現地に行かなければ分かりません。非常にリスクのある任務であり、覚悟も要る仕事でした。

 こうしたリスクはこれまで、個人が負う傾向でした。しかし今後は、語学能力や専門知識の習得に加え、政府による十分な研修や訓練が欠かせません。国内で優秀な者が必ず海外で通用するとも限らないのです。新任者がいきなり「情報がほしい」と言っても、インテリジェンスの世界では誰も相手にしてくれません。複数の情報源から裏を取りながら、質の高い情報に迫る慎重な作業です。

 将来、新たな対外情報組織が設けられた場合は、外交旅券や公用旅券ではなく一般旅券などで身分を秘匿する必要が出てくるかもしれない。身分が明らかな時点で相手側の情報源は警戒するからです。海外の情報機関では、情報収集の手段として侵入、賄賂、恐喝など非合法的な手段が用いられることもあります。偽情報を流す謀略(アクティブ・メジャーズ)や、敵対相手の家族を人質にしてノーと言えない状況を作ることだってあるでしょうが、日本の場合はそこまで想定していません。

 2020年東京五輪パラリンピックに向けて、テロ対策の課題は多いと感じています。今回、サイバー空間の公開情報を収集する「オシントセンター」が新設されますが、テロ対策のための電波や通信の傍受も検討すべきです。今は捜査目的の令状による通信傍受しかできません。自爆ベストを着たテロリストが現れても、警察官は1発目から頭を狙った銃撃が原則できない。法整備は急務です。

 ■国民の理解必要

 ただ、こうした問題については、まだまだ国民の支持が得にくい。治安当局の権限を強めようとすると、人権やプライバシーとの兼ね合いで必ず懸念も出ます。もちろん自由な社会は大切ですが、安全にはコストがかかることと犠牲が出てからでは遅いことを、国民に理解を求める必要があるでしょう。

 テロの分野でも攻撃側の優位はあり、最初の攻撃を防ぎにくいのがつらいところです。ダメージを最小限にとどめる対策が大切です。政府には、今回の強化を単なる情報収集や分析に終わらせず、テロリストの侵入・潜伏の未然防止とテロ事件発生時の対処を含めた、真に国民の安全を守れる体制の構築を目指してほしいと思います。(聞き手・冨名腰隆)

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 よしむらいくや 1951年生まれ。警察庁や在外公館で国際テロ対策、邦人保護業務などを長年、担当した。現在は、熊本県政策参与を務める。

 

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 ■外交の鍵、ISに共闘できる エフライム・ハレビさん(元イスラエル諜報特務庁〈モサド〉長官)

 世界地図でイスラエルがどこにあるか、探してください。この地域では、パレスチナに限らず、イスラム世界のアラブ諸国が数の上では我々ユダヤ人よりもはるかに優勢だと分かるでしょう。隣国のシリアやレバノンといった国には、我々に敵対しようとするテロ組織があります。彼らはミサイルを撃ち込むなど国境を越えた作戦を実行してきました。テロ組織の武器や能力、意図などについて最良の情報を得る必要があります。周囲の国や勢力をよく知り、彼らが次にどのような行動をとるのか見定めなければなりません。情報の面で敵より優れていなければならないのです。

 イスラエルにとって、なぜインテリジェンスが重要なのか、分かったでしょう。情報は生存のためだけではなく、国家の発展のためにも重要な鍵を握っているのです。我々が知らずに驚くことなどないよう、さらには敵に先んじられるよう、能力を強化する。そのための組織が対外情報機関・モサドなのです。

 ■「敵国」とも接触

 インテリジェンスとは単に情報を集めるだけでなく、敵と戦う手段でもあります。常に優勢を保つため、絶え間ない紛争の水面下で敵に気づかれることなく、事に当たらなければなりません。敵が何をしたいのか、どんな武器がほしいのかといった情報を集める。そのうえで、敵の攻撃を妨害するためのオペレーション(作戦)も行います。動向を情報収集するのはもちろん、ときには敵に武器が渡らないよう第三国に働きかけることもあります。作戦について詳しくは話せませんが、我々に損害を与えたいと考える敵に、そのための能力を与えない。我々は、そのことにかなり成功してきたということだけは言えます。

 外交官も情報を取りますが、この種の秘密情報収集は情報機関の仕事です。だから世界中のあらゆる国が情報機関を持っている。日本も例外ではないでしょう。

 「敵国」との良好な関係を結ぶための秘密接触をすることもあります。1979年、イスラエルはエジプトと平和条約を締結しました。この際、モサドが両国をつなぐ重要な役割を果たしたのです。まず接点をつくる必要がありました。モサドは長年、モロッコ国王と関係があり、当時の長官が国王の支援を得て、イスラエル外相とエジプト副首相の秘密会合を設定できました。これが秘密の和平交渉の始まりでした。

 94年に締結したヨルダンとの平和条約を巡っては、私自身がイスラエルのラビン首相の特使として、ヨルダンのフセイン国王と秘密交渉にあたりました。情報機関は重要な問題について、より落ち着いて話ができるよう、秘密接触を重ね、発展させていきます。

 モサド長官は、首相直轄に位置づけられ、首相はモサドの全活動に責任を負っています。私は首相が知るべきだと考えたことは、何でも直接報告し、必要に応じて国防相や外相らにも伝えました。もちろん軍の情報組織や、すべての関係省庁とも日常的に関係があります。

 ■自信持つべきだ

 過激派組織「イスラム国」(IS)のような新しい脅威に対しては、まずは内部に情報源をつくり、ISが何をしたいのか、情報を得て、テロを防ぐ努力が必要です。日本もまたISの情報収集が必要です。そのためにどうしたらいいか。公にはできないが、日本の情報機関が求めれば、我々は話をするでしょう。

 私はモサドで40年働き、日本とも関係がありました。日本を訪問したこともあったし、日本の当局者がイスラエルを訪ねてきたこともあります。当時から互いに協力し、今はより密接になっているのではないでしょうか。私は日本の「先生」ではなく、何かを教えるという立場にはありません。日本はこの分野で強い伝統があり、自信をもつべきだと思います。(聞き手・渡辺丘)

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 Efraim Halevy 1934年、英国生まれ。61年、モサド入局。98年から4年半、同長官を務めた。著書に「モサド前長官の証言 『暗闇に身をおいて』」(邦題)。
    −−「耕論:非情、対テロ情報戦 吉村郁也さん、エフライム・ハレビさん」、『朝日新聞』2016年01月22日(木)付。

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