覚え書:「特集ワイド 続報真相 司法軽視は許されるのか 1票の格差/選択的夫婦別姓…自民党は最高裁判決放置?」、『毎日新聞』2016年1月29日(金)付夕刊。

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特集ワイド
続報真相 司法軽視は許されるのか 1票の格差/選択的夫婦別姓自民党最高裁判決放置?

毎日新聞2016年1月29日 東京夕刊

 最高裁が「国会で論じられるべきだ」と判断した問題について、「1強」を誇る安倍晋三政権と与党・自民党の動きがどうも鈍い。例えば、衆院選での「1票の格差」の是正、選択的夫婦別姓制度の是非。このまま問題を放置すれば、司法の軽視だ。「最高責任者は私」と、よく口にする安倍首相、自ら解決に向けて動かないのですか?【葛西大博】

 これではリーダーシップを発揮する発言とは思えない。26日にあった衆院本会議の代表質問。民主党岡田克也代表から選択的夫婦別姓の導入について問われた安倍首相はこう答弁した。「家族のあり方に深く関わるもので、国民の間にさまざまな意見があることから、最高裁判決における指摘や国民的な議論の動向を踏まえ、慎重に対応する必要がある」

 ちょっと待ってほしい。最高裁は国会で議論してほしいと、ボールを投げたはずなのだが……。

 ここで、最高裁判決をおさらいしよう。

 夫婦別姓を認めない民法の規定は合憲か、違憲かについて、最高裁大法廷は昨年12月16日、「家族の呼称を一つに定めることは合理性があり、女性の不利益は通称使用で一定程度緩和される」と合憲判断を示した。その一方で、選択的夫婦別姓制度については「合理性がないと断ずるものではない。国会で論じられるべきだ」と立法府に対応を委ねた。

 安倍首相は「国民的な議論の動向を踏まえて」と述べているのだが、国民は夫婦別姓に否定的ではないようだ。その証拠の一つが、毎日新聞が昨年12月に実施した世論調査。結婚しても夫婦が別の名字を名乗る「夫婦別姓」を選択できるようにすることに「賛成」は51%で「反対」の36%を上回った。

 では、最高裁判決を受けて自民党はどう動いたのか。昨年12月17日の同党法務部会では、夫婦同姓規定について「『合憲だからこれでいい』ではなく、抜本的な議論をすべきだ」という意見が出た。ただそれ以降、党内や政党間で議論を促す行動は見えない。

 怠慢にも映る自民党の姿勢に、女性の地位向上に取り組む社民党福島瑞穂副党首は憤りを隠さない。「以前、『夫婦別姓は、行き過ぎた個人主義を助長し、家族の解体を引き起こす』などと言う自民党議員は多かった。あまりに荒唐無稽(むけい)だから、最近では『子どもが親と姓が違うのはかわいそうだ』などと言い方を変えています。別姓に否定的であったとしても、国会などで議論を進める必要があります」

 さらに安倍首相が「女性が活躍できる社会」を強調していることにも言及し、福島さんは「働く女性が増えている社会で、別姓という選択肢を認めないのは女性の活躍という考え方からすれば正反対のこと。安倍内閣は女性を利用しようとは思っているが、別姓に消極的なのは、リスペクト(尊重)していないのと同じ」と厳しい。

 夫婦別姓を巡る議論は最近始まったわけではない。1996年に法相の諮問機関である法制審議会が選択的夫婦別姓を盛り込んだ民法改正要綱を答申したが、法案提出には至らなかった。自民党内の調整がつかなかったためだ。

 昨年の通常国会でも、民主や共産など野党が民法改正案を参院に提出し、夫婦別姓の実現を目指したが、やはり自民党が「家族の絆を壊す」などと反発して審議に応じず、廃案になった。

 国会審議には党利党略などさまざまな力学が働くのだろうが、自民党夫婦別姓の実現を拒む壁になっているのは間違いない。このまま問題を放置することは許されることなのだろうか。

 早稲田大の棚村政行教授(家族法)は「20年近く前に提案された夫婦別姓について結論を出さずに放置してきた国会、とりわけ自民党の責任は重い。最高裁が夫婦同姓を合憲としたから何もしなくていいというのではありません」と、与党第1党である自民党の率先した行動を促す。

 自民党が放置するもう一つの問題が衆院の「1票の格差」の是正。最高裁は昨年11月25日、選挙区間の「1票の格差」が最大2・13倍だった2014年12月の衆院選について、「小選挙区の区割りは不平等状態にある」として「違憲状態」と判断し、国会には格差のさらなる縮小を可能にする検討が必要などと注文を付けた。司法から選挙制度の見直しを迫られているのだが、自民党の動きは鈍い。

 そもそも最高裁は09年、12年の衆院選違憲状態と判断した。国会では、09年判決を受け、11年10月に衆院選挙制度改革に向けた与野党協議会が発足した。だが、各党の利害がぶつかり、取りまとめを断念した経緯がある。

 このため、安倍首相は有識者による「衆院選挙制度に関する調査会」(座長・佐々木毅東京大学長)に議論を委ねることを提案し、14年9月、調査会がスタートした。

 調査会は今月14日、衆院定数を現行の475(小選挙区295、比例代表180)から10(小選挙区6、比例代表4)減らす答申を出した。答申に従えば、都道府県間の最大格差は愛媛県鳥取県の1・621倍になり、最高裁が容認する2倍未満に収まる。

 これで一件落着と思いきや、自民党は強く反発している。小選挙区は「7増13減」で、削減対象になった13県のうち青森、滋賀、愛媛、長崎では14年衆院選で同党が独占。その他の県も自民党が強い地域が多く、党議員にとっては死活問題になるからだ。細田博之幹事長代行は「2倍を超える違憲状態の選挙区がいくつあるか分からないと議論できない」と、簡易国勢調査(速報値)が出る2月下旬まで党内の議論を棚上げする考えを示した。

 当然、野党は不信感を募らせる。維新の党の松野頼久代表は「10議席削減でも不十分だとは思うが、答申を出してもらっているのに、それに従わないなんてあり得ないことだ」と、自民党の姿勢を強く批判する。有識者に議論を委託したのに、答申に不満があるから反対するのは誰の目にもおかしいと映るだろう。

 安倍首相は「答申を尊重する立場にある。谷垣禎一幹事長にしっかり取りまとめるようにお願いしたい」と、党本部に議論を促してはいる。それでも答申に抵抗する議員の声は収まらない。公明党のベテラン衆院議員は「自民党が強い地方の議席が減ることなので、安倍首相もそう簡単にはまとめられない」と見る。

三権分立の無視は「権力の暴走」

 ここまで安倍政権と自民党の問題放置を論じてきたが、国民の反対が多かった安全保障関連法は数の力で昨年9月に強引に成立させたことを思い出してほしい。また、安保関連法が必要な理由として、安倍首相が「我が国を取り巻く安全保障環境が変化した」と繰り返してきたことにも注目してほしい。

 この点について、前出の棚村さんは疑問を述べる。「大きな変化を理由に安保関連法を整備するならば、家族を取り巻く社会環境も大きく変わりました。それなのに、明治時代に由来する夫婦同姓の制度の是非を議論しないのはおかしくありませんか?」

 問題を放置する原因は何なのか。自治省(現総務省)で選挙部長などを歴任した早稲田大の片木淳教授(選挙制度論)は、国会議員と民意が乖離(かいり)していることを理由に挙げる。「安保関連法の成立や原発の再稼働でも分かるように、安倍政権や自民党は民意と離れた結論を出すことが目立ちます。そもそも、民意を反映する国会議員の構成になっていないことが根本的な問題なのです」と説明する。どういうことか。

 衆院小選挙区の得票率と小選挙区議席占有率の関係を見ると、14年12月の衆院選では、自民党の得票率は48・1%だったが、議席占有率は75・6%。つまり半分以下の票しか得ていないのに、自民党議員が4分の3を占めた。死票が多く出やすい小選挙区比例代表並立制の弊害によるものだ。「ここに手をつけないと問題は解決しない」と片木さんは指摘する。

 そもそも最大の問題は、今の安倍政権と自民党が、最高裁が判決で指摘しているのにもかかわらず、無視するかのような態度を取っていることだ。片木さんは「三権分立なのだから、立法府である国会は、司法府である最高裁の判決に従うのは当然です」と、明快に答えるのだが−−。

 三権分立は一つの権力が暴走するのを抑えるためにある。安倍政権と自民党が、この枠組みを無視するのは許されることではない。
    −−「特集ワイド 続報真相 司法軽視は許されるのか 1票の格差/選択的夫婦別姓自民党最高裁判決放置?」、『毎日新聞』2016年1月29日(金)付夕刊。

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