覚え書:「今週の本棚・この3冊 アイヌ 瀬川拓郎・選」、『毎日新聞』2016年01月24日(日)付。

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今週の本棚・この3冊
アイヌ 瀬川拓郎・選

毎日新聞2016年1月24日 東京朝刊
 
 <1>アイヌの研究(金田一京助著/内外書房/絶版)

 <2>ク スクップ オルシペ−−私の一代の話(砂沢クラ著/福武文庫/絶版)

 <3>別冊太陽 太陽の地図帖 28 アイヌの世界を旅する(北原次郎太監修/平凡社/1296円)

 私たちの祖先である縄文人は謎に満ちた存在だ。骨格の特徴はクロマニヨン人など現生人類の古層に近縁ともいわれる。最近のヒトゲノムの解読によれば、縄文人の遺伝子的特徴はアジアのどの集団とも異なる孤立性を示しているという。日本列島の周辺に集中する系統不明の言語−−日本語・アイヌ語朝鮮語・サハリン先住民のニヴフ語は、旧石器時代ユーラシア大陸東端に達した人びとの古層の言語に発するという説もある。縄文語はこの共通言語の原型により近いものだったということになるだろう。孤立と古層が縄文人のキーワードなのだ。

 アイヌはこの縄文人の形質的・遺伝子的特徴を色濃くとどめる。私たちの祖先にもっとも近いといえるかれらは、どのような歴史や文化をもつ人びとだったのか。

 <1>はアイヌ研究に金字塔を打ちたてた、アイヌ語学者・国語学者金田一京助さんによる概説書。刊行は大正時代と古いが、言語・宗教・伝説・文学・歴史などを網羅し、創見に富む内容は今なお類書がない。学問が細分化し、総合学が困難な現代だからこそ、図書館で手にしてみたい知の巨人の一冊。アイヌにたいするまなざしのなかに、当時の時代的な限界もあわせて読みとってみたい。

 アイヌは学問のなかの存在ではない。<2>の明治から平成を生きた女性の自伝を通して、同時代の生活者としてのアイヌについても知っておきたい。両親が猟の最中に山で産まれたクラさんは、アイヌの伝統文化に囲まれて育つ。「旧土人学校」で学んだ小学生時代、性の暴力で断たれた看護師への道、狩猟で生計をたてる夫との苦難の日々。そこには祈りや呪いといった濃密なアイヌの観念世界が満ちている。同じ空間に生きながら、クラさんの目には私たちとはまったく異なる風景が映っていた。内なる異文化体験に衝撃を受ける一冊。

 さあ、なにはともあれアイヌ・モシリ(アイヌのくに)へ。<3>はアイヌ文化でめぐる旅のガイド。アイヌ民族北海道大学准教授の北原次郎太さんが監修した本書は、現代に生きるアイヌ文化を映し出す。私たちの重層的なアイデンティティを理解してほしい、と北原さん。アイヌ語地名の風景から北海道の風土性をあぶりだし、写真賞「東川賞」を受賞した露口啓二さんの写真と、気鋭のライター谷口雅春さんの文章が、本書に深い陰影をもたらしている。
    −−「今週の本棚・この3冊 アイヌ 瀬川拓郎・選」、『毎日新聞』2016年01月24日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:アイヌ 瀬川拓郎・選 - 毎日新聞


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アイヌの研究
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