覚え書:「クローズアップ2016 東西教会トップ初会談 対IS、戦略的融和」、『毎日新聞』2016年02月14日〔日)付。

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クローズアップ2016
東西教会トップ初会談 対IS、戦略的融和

毎日新聞2016年2月14日 東京朝刊


(写真キャプション)共同宣言に署名した後、抱き合うフランシスコ・ローマ法王(左)とキリル・モスクワ総主教ハバナの空港で2016年2月12日、AP
 キリスト教カトリックのフランシスコ・ローマ法王ロシア正教会のキリル総主教は12日の初会談で、テロ根絶や中東のキリスト教徒への迫害阻止を呼びかける共同宣言を出した。念頭に置くのは過激派組織「イスラム国」(IS)の勢力拡大だ。両教会の融和には、ロシア正教会と一心同体であるプーチン露大統領と、非欧州出身法王による「戦略的関係」(バチカン専門記者)の強化という意味もある。(7面に「なるほドリ the World」)

 ◆バチカン

信徒保護で利害一致

 「私たちは兄弟。ようやく会えた」「神のご意思だ」。世界約13億人のカトリック信徒を率いるフランシスコ法王と、東方正教会最大の1億人以上の信徒を擁するロシア正教会トップのキリル総主教。12日、キューバの首都ハバナの空港貴賓室で初対面の喜びに手を取り合った。

 教義解釈や正統性を巡り、1054年に西のカトリックと東の正教会に分裂したキリスト教会。両教会の代表が対話と協力の一歩を踏み出し、「キリスト教の一致を再構築するために今回の会談が役立つよう望む」と期待を表明した。

 道を開いたのは、カトリック史上初となる中南米出身のフランシスコ法王の誕生だった。欧州出身の歴代法王と違い東西冷戦のしがらみがない。「ポーランド出身のヨハネ・パウロ2世をロシアは警戒した。非欧州出身の法王はまたとない対話相手だ」。法王庁立東方研究学院のステファノ・カプリオ神父(56)が解説する。

 さらに、ISによる信徒迫害が両教会の歩み寄りを促すことになった。

 米調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、中東のキリスト教徒は2010年時点でカトリック約560万人、正教会約550万人。その後、シリア内戦やISの勢力拡大で信徒脱出が続いている。

 内戦前、シリアのキリスト教徒はアサド政権の保護下にあった。13年秋に米仏が対シリア軍事攻撃をちらつかせた際、法王とプーチン大統領は反対した。信徒の安全確保が使命の法王と、アサド政権を支援するプーチン氏の利害は一致している。

 両教会トップは共同宣言で中東における信徒保護と「テロに終止符を打つための合同行動」を国際社会に要請した。ただ、シリアに関しては「暴力の停止」と「対話を通じた平和」の呼びかけにとどまり、欧米から批判を浴びているロシアのシリア空爆への言及はなかった。カプリオ神父は「中東を勢力下に置きたいロシアにとってバチカンは助けになる」と分析する。

 バチカン外交の幅を広げようとしている法王は、IS対策で欠かせないイランとの連携も模索。今年1月26日のロウハニ・イラン大統領との会談で「イランが果たすことのできる重要な役割」を強調した。

 さらに、国交のない中国との関係改善にも意欲を見せる。今月8日の旧正月を前に、香港拠点のインターネット英語紙アジア・タイムズの単独インタビューで「中国の台頭を恐れず対話を」と呼びかけた。

 「ケーキのように世界を分割した第二次大戦後のヤルタ体制の論理を退け、ケーキを皆で共有するよう、地政学の論理を変えようとしている」。法王にインタビューした同紙のイタリア人コラムニスト、フランチェスコ・シシ氏(55)は法王外交を読み解く。

 だが、ロシアや中国との対話を優先する外交は強権体質や人権侵害に目をつむる危険をはらむ。ウクライナや中国のカトリック信者、米共和党には、法王の姿勢を警戒する声がある。

 キリスト教徒の保護という法王の使命を果たしつつ、民主主義や人権の尊重という現代世界の理念・原則の徹底をロシアや中国を相手に、どこまで貫くことができるか。百戦錬磨のバチカン外交の真価が問われている。【ローマ福島良典】

 ◆ロシア

国際的孤立打破狙う

 独ミュンヘンで開かれている安全保障会議で13日に演説したメドベージェフ露首相は「いかに歩み寄るかの顕著な例を我々は目にしたばかりだ」と両教会の会談を例に挙げ、ロシアと欧米の対立解消を訴えた。

 今回の会談は、シリア空爆ウクライナ問題などでロシアが欧米諸国との対立を深める中で実現した。プーチン氏には、国際政治に大きな影響力を持つ法王と共同歩調を演出することで国際的孤立を打破したいという思惑がある。

 プーチン氏はこれまで、歴代法王との会談を重ねて関係改善を探ってきた。

 プーチン氏は大統領に就任した直後の2000年6月、バチカンヨハネ・パウロ2世と初めて会談し、「東西世界の統合」について協議。03年の2度目の会談ではヨハネ・パウロ2世が「東西教会の対話発展」の希望を表明した。ロシアとバチカンは09年12月に外交関係を樹立し、プーチン氏はフランシスコ法王とも2度会談している。

 欧米や日本はウクライナ問題での対露批判を強めているが、バチカンは同調していない。今回の共同宣言でも、ウクライナ問題での対露批判はなかった。

 正教会側は会談実現への政権の介入を否定する。だが、正教会の事情に詳しいカナダ・セントポール大のチロフスキー教授は11日、米国のカトリック情報サイト「クラックス」への寄稿で、「プーチン氏の指示なしに実現したとは思えない」と主張した。

 教授は「ロシア正教会が危機的なまでに政権に従順だ」と指摘。バチカンが「クレムリン(露大統領府)のプロパガンダ」に利用されることへの懸念を表明した。

 ロシア正教会は、プーチン政権にとって重要な支持基盤だ。宗教が否定されたソ連時代に弾圧されていた正教会は、ソ連崩壊後、政権と寄り添うことで組織拡大を図ってきた。そのため政権と教会は一心同体の関係にある。キリル総主教や先代のアレクシー2世総主教(08年に死去)は、ことあるごとにプーチン氏の政治的な行動を支持する発言をしてきた。プーチン氏が昨年9月末にシリア空爆に踏み切った際も、キリル総主教は「責任ある決断だ」と全面支持を表明した。

 プーチン氏に近いロシアの右派論客、アレクサンドル・プロハノフ氏は正教会を「ロシアのアイデンティティーと不可分」だとする。その正教会バチカンと対等に位置づけたともいえる今回の会談は、プーチン氏に対する国民の支持を一層高めることになりそうだ。【モスクワ杉尾直哉】
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