覚え書:「書評:文人、ホームズを愛す。 植田弘隆 著」、『東京新聞』2016年02月07日(日)付。


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文人、ホームズを愛す。 植田弘隆 著

2016年2月7日

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[評者]新保博久=ミステリー評論家
 文人といわれると夏目漱石を思い浮かべる人も多いだろう。漱石シャーロック・ホームズを読んだかどうか定かでないが、初期短篇「趣味の遺伝」では「あの男の性格は抔(など)と手にとった様に吹聴する先生があるがあれは利口の馬鹿(ばか)と云(い)うもの」と、まるでホームズの推理を当てこすっているかのようだ。続く『坑夫』の一節、「人間の性格は一時間毎(ごと)に変って居る。(中略)つまり人間の性格には矛盾が多いと云う意味になる」というのは、先の引用と呼応する。ホームズを愛さなかっただろう漱石は文筆家としてはむしろ例外的だと、本書を読んで思う。
 本書は芥川、谷崎から丸谷才一開高健ら二十八人の文人が、ホームズや作者コナン・ドイルに言及した文献を博捜、紹介したエッセイ集だ。ホームズに当然影響されていそうな推理作家は出てこないが、大衆小説家も柴田錬三郎ぐらいで、押川春浪岡本綺堂山中峯太郎など入れてもらいたかった。だが、石坂洋次郎の小説にホームズの名前は『青い山脈』にしか出てこないと断言するには石坂作品のすべてに目を通さねばならなかったはずで、むしろ著者のホームズ愛に圧倒される。ホームズに非常な関心がなくとも、何か好きな一事に没頭した覚えのある本好きなら、読んでいて何度も頬がゆるむだろう。漱石先生ですら、この情熱には脱帽したのではないだろうか。
青土社・1944円) 
<うえだ・ひろたか> 1941年生まれ。日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員。
◆もう1冊
 M・コニコヴァ著『シャーロック・ホームズの思考術』(日暮雅通訳・ハヤカワ文庫)。名探偵の推理の秘密を解明。
    −−「書評:文人、ホームズを愛す。 植田弘隆 著」、『東京新聞』2016年02月07日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2016020702000180.html


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文人、ホームズを愛す。
植田弘隆
青土社
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