覚え書:「Topics:リベラル派識者座談会 議会外の知恵を力に 国会前デモから参院選の先へ」、『毎日新聞』2016年02月18日(木)付夕刊。

Resize0920

        • -

Topics
リベラル派識者座談会 議会外の知恵を力に 国会前デモから参院選の先へ

毎日新聞2016年2月18日 東京夕刊


民主、豊かな社会像示せ 北田氏/「左」は改憲論乗るな 五野井氏/まず、困っている人助けよ 白井氏

 昨夏、反安保法制の国会前デモが戦後有数の大衆運動となった。他方、夏の参院選後は憲法改正の具体化も考えられる。リベラルや左派と目される中堅・若手識者は現状をどう見るか。民主党に政策提言をする北田暁大・東京大教授(社会学)、デモの正当性を説いた五野井郁夫・高千穂大准教授(民主主義論)、著書『永続敗戦論』で知られる白井聡京都精華大専任講師(政治思想)が語り合った。【構成・写真、鈴木英生】

 北田 昨年は反安保法制デモが高揚しました。自身も参加しつつ、「現状では立法を阻止できないが、盛り上がりを次につなげたい」と思った。研究者として「何をなすべきか」を考えて、12月に政策提言グループ「リベラル懇話会」=注(1)=をつくりました。民主党に、きちんとした第2党になってほしいからです。野党第1党があるべき社会像を示して個別政策を出すのが、最も効果的な与党との対決法なのに、そうなってないのがもどかしかった。

 白井 民主党潜在的な力に期待したが、無駄だったようです。何と戦うつもりか、いっこうに見えてこない。

野党第1党の役割

 北田 民主党政権は、小泉純一郎政権以来の「既得権益打破」を継承して状況を悪化させた。緊縮財政の負の効果も甘く見ていなかったか。あげく右派ポピュリズムに乗った。


五野井郁夫 高千穂大准教授
 五野井 民主党の議員は右左のどちらに付いたら得かをよく見ていますね。両にらみだから、北田さんの話を聞き、白井さんの本も読んでいる。

 北田 民主党には、リベラル政党として自民党と違う経済成長と合理的な再配分を追求してほしい。それによって、アマルティア・セン=注(2)=が主張するように社会の他者への共感能力を上げ人々の選択や活動の幅を広げていく。そうすれば、貧困や格差、少子化、人種差別や性差別、さらに朝鮮高校の無償化などの問題もおのずと答えが出ます。

 白井 現状は共産党の方が国会質問の水準も高い。「闘う組織」は、残念ながら共産党しかない。

 北田 共産党は大衆化しすぎると「革命」から遠ざかる。今の顧客をがっしり捕まえておくべきでは。

 白井 固く結束する組織体質だからこそ、原則論を維持できてきたのだろうけど。しかし、支持者の上積みがないと政権奪取は見えない。

 北田 反安保法制で新規の客は増えた。護憲を信頼する高齢者も多い。しかし共産党ポピュリズムに走り、「9条2項を削除せよ」の人たちと組んでは党が潰れかねない。共産党共産党らしく9条を譲らない方がいい。民主党は「立憲主義を守れ」までしか言えないのだから。

 白井 その2項削除など、最近「左」から出てきた改憲論をどう見るべきか。憲法を文字通り読めば自衛隊違憲です。憲法は努力目標で現実と一致する必要はないとの考え方もあるけれど。

 五野井 憲法学では理念を実現するのは普通の考え方。なぜ、低きにある現実に合わせて理想のほうを引き下げねばならないのか。

 白井 自民党の主導する改憲は、およそ問題の本質に触れていない。しかし、「日本はうまくいってないから憲法を変える」は、不合理にもかかわらず、「変えちゃだめ」より一部の大衆感情に訴えています。

 五野井 でも、現に自衛隊があろうとも戦後初期からずっと人々は改憲論を押し返してきた。その典型が、丸山真男の「戦後民主主義の虚妄にかける」です。そして現在まで我々は憲法を自ら主体的に選び、守り続けている。


北田暁大 東京大教授
 北田 9条があってさえあれほどの軍事組織ができた。だからこそ、せめて絶対に9条は失えない。

9条以外にも目を

 五野井 尊属殺重罰規定は、最高裁違憲判決後22年も残った。自衛隊も現状では存在していても、争いのない世界を志向し、「遠い将来は解体される」との理想は忘れてはいけない。さらにいうと、憲法25条の生存権は制定時から現在まで、ずっと順守されていない。これだけ「健康で文化的な最低限度の生活」を営めない人が増えるなか、「左」が9条ばかり意識して改憲論の土俵に乗るのはおかしい。

 北田 リベラル懇話会は、そこを追及したい。憲法に、国家は食えて安心できる社会の提供に責任を持てと書いてある。こっちの面でも憲法違反を批判し、対案を出し続けないと。

 白井 いわゆる成熟した国で成長は無理だし、国内総生産(GDP)が多少伸びても暮らしは良くならない。豊かさの内容を変える必要がある。

 五野井 でも、小国寡民的な路線を選ぶ人は少ないでしょう。

 北田 念のため言えば、成長と脱原発は両立するはず。幸福度に絡む数値は多く、就労形態なども含めて考えるべき話です。

 北田 44歳の私は大学では若手の部類。そういう人間の話を民主党の党首が何回も聞くようになったのは、昨夏の反安保法制デモの効果です。いろんな声に耳を傾けざるを得ない雰囲気ができた。

 五野井 とまれ参加民主主義と議会制民主主義は車の両輪。デモだけでは勝てない。

 北田 そうは言えない立場でしょ。

 五野井 いや、将来的には我々は勝つ。その勝ちをもっと手前にたぐり寄せたい。今の議会で勝つのはまだ難しいが、「15年安保」で議会外の雰囲気は変わり、文化次元で革命が起きつつある。ただし遅効性です。フランスも「68年」から13年後にミッテラン政権=注(3)=ができた。

 白井 我々普通の人と政治家が本音を言い合える場面が増えてきたのかも。国会前デモで民主党辻元清美さんと話して、「細野豪志さんが党首になった方が党の性格がはっきりしてまだましだった」と言ったら、「大阪『都構想』の住民投票で相当のサポートができたのは中間派の現執行部だから」と反論されたり。

発言力増す市民

 五野井 陳情や請願だけでなく、政治家と対話ができるようになってきた。もの言わぬ「有識者」としてではなく、この国の住人として。政治献金ではなく人々の運動の力で。デモも電子署名も、もはや政治家は無視しがたい。

 北田 同感です。でも、運動を体感していない人にとってはまだまだ。社会調査のデータでは、リベラルや左派的な人が結構いる。だからこそ民主党政権も期待を集めたが、今はこの社会意識が票に変換されなくなっている。しかし、与党の主張に庶民感覚で「違う」と言って合理的な政策を次々に出せば、段々と効く。

 五野井 生活保護受給世帯の約半数が高齢者世帯。少子化対策同様、55年体制下の自民党長期政権が怠ってきたことのツケですよ。「国は絶対に我々を見捨てない」と信じる人たちに響く言葉と政策を編み出す政治の技が必要。

 北田 先に野党が理にかなった再配分の方法を提案して、与党が修正協議に応じざるを得ない仕掛けが大事です。

 白井 単純なキャッチフレーズでいい。「困っている人を助けよう」

 五野井 まずは目の前にある不正義をただす。

 北田 民主党が「最小不幸社会」を掲げたのは悪くなかった。やったことは逆だけど。社会のニーズと議会をうまくつなぎ、政策に変換するのが大事。

 白井 議会外に知恵のある人はたくさんいる。

 北田 今は危機であると共に好機であり、始まりです。今の流れが2、3年続き、たとえばポーランドの「連帯」=注(4)=のようなものができればいい。土壌はあります。

注(1)=労働、ジェンダー、福祉や教育などの研究者約40人で構成

注(2)=1933年〜。インド出身のノーベル経済学賞受賞者

注(3)=社会保障拡大、死刑廃止などをした

注(4)=民主化の中心を担った自主労組

 ■人物略歴

きただ・あきひろ

 1971年生まれ。東京大大学院博士課程単位取得退学。著書『嗤(わら)う日本の「ナショナリズム」』など。

 ■人物略歴

ごのい・いくお

 1979年生まれ。東京大大学院博士課程修了。著書『「デモ」とは何か』共著『開かれる国家』など。

 ■人物略歴

しらい・さとし

 1977年生まれ。一橋大大学院博士課程単位取得退学。著書『未完のレーニン』『「物質」の蜂起をめざして』など。
    −−「Topics:リベラル派識者座談会 議会外の知恵を力に 国会前デモから参院選の先へ」、『毎日新聞』2016年02月18日(木)付夕刊。

        • -


Topics:リベラル派識者座談会 議会外の知恵を力に 国会前デモから参院選の先へ - 毎日新聞





Resize0915

Resize0411