覚え書:「今週の本棚・本と人 『夜中の電話 父・井上ひさし 最後の言葉』 著者・井上麻矢さん」、『毎日新聞』2016年2月14日(日)付。

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今週の本棚・本と人
『夜中の電話 父・井上ひさし 最後の言葉』 著者・井上麻矢さん

毎日新聞2016年2月14日 東京朝刊

 (集英社インターナショナル・1296円)

父とまた会話できた気持ちに 井上麻矢(いのうえ・まや)さん

 日々の暮らしで忘れていても、ふとした拍子に亡き人を思い出すことがあるだろう。かつてもらった手紙に触れると、まるでその人自身が語りかけてくるような気がする。まさに言霊(ことだま)。言葉は生きているのだと感じる瞬間である。作家・劇作家の井上ひさしが死去して、まもなく6年。<井上家の家業>である劇団「こまつ座」の代表を託された三女が4年がかりでまとめた本書にも、父の遺(のこ)した言霊が詰まっている。

 「ちょっと嫌なことがあっても、父が話してくれたことを思い出すと楽になるんです。父の姿は見えなくても、本当に話しかけられている気がして。ここで音を上げちゃうわけにはいかないよなって」。こう考えられるまで30年近くの歳月を必要とした。個性の強い両親との暮らしぶりは、一般家庭とは明らかに違った。18歳で経験した一家の離散は、過去の著作『激突家族−井上家に生まれて』『しあわせ途上家族』で隠さずにつづった。父との関係も「修復できない」と思っていたという。

 <和解>の兆しは2009年9月。がんを患った父から毎晩、電話がかかるようになった。

 著者は当時、こまつ座の支配人になったばかりで、聞きたいことがたくさんあった。「マー君、しばらく話さないうちに、だいぶ大人になったね」「それは君の言う通りだよ、その意味では僕は情けなかったのかもしれない」。こう語る父との距離はグンと縮まった。電話は真夜中から明け方まで続く。命懸けで伝えようとする父の言葉を、娘も必死でメモを取った。「必ず元気になる」。そう言った父だったが、<こまつ座が大変な状態の時に>逝ってしまう。

 「父の死も仕事上の出来事でした。寂しさ、悲しさもなく淡々と進んで。今回書くにあたって、忘れていないと思っていたことを思い出せなかったり、逆に得たりと、いろいろな気付きがあった。父とまた何か会話ができた気持ちになりました」

 話を聞いた部屋の書棚には、『父と暮せば』など戯曲台本がぎっしり収まっていた。

 「作品って人格そのもので、父の分身。答えが見つからない時には、よく戯曲を読んで教えられますね」。命を削って時代と格闘した作家の家族の原風景が見えた気がした。<文・中澤雄大 写真・藤原亜希>
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