覚え書:「読書日記:今週の筆者は社会学者・上野千鶴子さん 力の非対称が生む性暴力」、『毎日新聞』2016年02月16日(火)付夕刊。

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読書日記
今週の筆者は社会学者・上野千鶴子さん 力の非対称が生む性暴力

毎日新聞2016年2月16日 東京夕刊
上野千鶴子さん=東京都中央区八重洲ブックセンターで、宮間俊樹撮影
 *1月19日−2月15日

■兵士とセックス 第二次世界大戦下のフランスで米兵は何をしたのか?(メアリー・ルイーズ・ロバーツ著、佐藤文香監訳、西川美樹訳・2015年)明石書店・3456円

■戦場の性 独ソ戦下のドイツ兵と女性たち(レギーナ・ミュールホイザー著、姫岡とし子監訳・2015年)岩波書店・4104円

■日本人「慰安婦」 愛国心と人身売買と(「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター編・2015年)現代書館・3024円

 戦争と性暴力の関係を考えるための労作が、2冊つづけて翻訳された。メアリー・ルイーズ・ロバーツ著「兵士とセックス」と、レギーナ・ミュールホイザー著「戦場の性」だ。前者はアメリカ人のフランス史研究者による「ノルマンディー上陸後の米兵が同盟国フランスで何をしたか」、後者はドイツ人の女性史研究者による「ドイツ国防軍兵士がポーランドからソ連に至る東部戦線で女性に対して何をしたか」を歴史史料や証言にもとづいて詳細に積み上げたものである。頼まれて「兵士とセックス」に書いた推薦文がこれだ。

 「占領地で兵士は必ずセックスした。恋愛、売買春、強姦(ごうかん)……。それは偶然の随伴物ではなく、不可避の支配−被支配構造の一部だった。フランスの体験は、日本軍『慰安婦』と、そして占領軍『慰安婦』と、どこが同じでどこが違っていたのか? 戦争と性暴力の比較史にとって欠かすことのできない里程標となる労作。」

 興味深いのは、両書とも、アジア発の「慰安婦」問題が、研究の引き金になったということだ。戦争と性暴力の主題化は、アジアが世界に一歩先んじていた。しかもロバーツの著書は、「慰安婦制度」を正当化したことでバッシングを受けた橋下徹大阪市長(当時)が、サンフランシスコ市議会へ宛てた釈明文のなかで日本に初めて紹介されたといういわくつきのしろものである。

 橋下政権下の大阪市役所にも、海外の研究動向に通じた勉強家がいたらしい。そこまで海外情勢に通じているなら、国際的に通用しない橋下氏の「暴言」を抑えることはできなかったのだろうかとも思えるが。「ヨソでもやっている」ことは、日本の加害の免責にはすこしもならない。そのせいか、両書とも、監訳者の佐藤文香さんと姫岡とし子さんが、それぞれ長文の「解説」をつけて、日本軍慰安婦問題との異同について注意深く論じている。

 戦場や占領のような圧倒的な力の非対称がある構造のもとでは、性暴力はかならず起きる。だがそのなかには、恋愛、売買春、強姦までのグラデーションがあり、グレーゾーンがあって境界は引きがたい。そしてどんな非対称な権力構造のもとでも、その過酷な状況を生き延びようとする女性の行為主体性がある……ことを思えば、韓国で刑事告訴されて問題になっている朴裕河さんの「帝国の慰安婦」の語る多様な慰安婦像にも、根拠がありそうだ。占領下の日本でも、米兵による強姦から、売買春、そして戦争花嫁まで、多様な関係があったのだから。「日本人『慰安婦』」もまた、愛国心から人身売買に至る女性の経験の多様性を描き出している。

 この3月12日には、勤務先の立命館大学で、佐藤さんと姫岡さんのおふたりを講演者に招いて、「戦争と性暴力の比較史」をテーマにシンポジウムを開催する予定。他に以前本欄でも紹介した「日本占領とジェンダー」の著者・平井和子さん、「パンパンとは誰なのか」の著者・茶園敏美さん、占領期の京都を研究している西川祐子さんにご報告いただく予定。コーディネーターは上野である。(詳しくは立命館大学国際言語文化研究所のホームページを参照のこと)。女性史の新しい一頁(ページ)がまた開かれようとしている。

 筆者は上野千鶴子松井孝典津村記久子松家仁之の4氏です。

 ■人物略歴

うえの・ちづこ

 東京大名誉教授、認定NPO法人「ウィメンズアクションネットワーク」理事長。「おひとりさまの老後」など著書多数。
    −−「読書日記:今週の筆者は社会学者・上野千鶴子さん 力の非対称が生む性暴力」、『毎日新聞』2016年02月16日(火)付夕刊。

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