覚え書:「フロントランナー:フィナンシャル・タイムズ米国版編集長、ジリアン・テットさん 社会人類学から経済記者へ」、『朝日新聞』2016年02月27日(土)付土曜版be。

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フロントランナー:フィナンシャル・タイムズ米国版編集長、ジリアン・テットさん 社会人類学から経済記者へ
2016年2月27日

1997年から2002年まで記者として日本に滞在。東京駅を見て、「金曜日、仕事を終えあわただしく最終電車に飛び乗り、新潟へスキーに行っていたのを思い出す」=東京都千代田区のJR東京駅前

 フィナンシャル・タイムズ(FT)紙の米国版編集長。紙面の責任者であり、週2回コラムも書く。同紙を代表する経済ジャーナリストの一人だが、出発点は少々変わっている。

(フロントランナー)ジリアン・テットさん 「経済と社会、文化に橋をかけるのが私の仕事」
 英国生まれ。ケンブリッジ大学では社会人類学を専攻した。イスラム教の研究で博士号を取るつもりで1989年、旧ソ連の一部だったタジキスタンに滞在。現地の人の家に住み、日常生活を共にしながら結婚の風習を研究する。

 帰国し、何となく参加したFTでのインターンソ連が崩壊しつつあり、バルト三国の独立と時期が重なった。夏で休暇中の人が多く、社内は大混乱に。「誰かロシア語をしゃべれる人は」。思わず手を挙げた。「リトアニアで革命が起きている。行きたい人は」「はい、私が!」

 「紅茶をいれる係」から、初取材に出ることに。「ハリウッド映画そのものの瞬間だった」

 研究生活だったら自分の書いたものは千人しか読まない。でも記者なら、何十万人もの人が読む、と、ジャーナリストの道を選ぶ。

    *

 節目となったのは日本での経験だ。

 97年から特派員に、2000年に東京支局長となる。日本はバブルの負の遺産である不良債権に苦しんでいた時期だった。旧日本長期信用銀行と旧日本債券信用銀行が破綻(はたん)。元頭取らが逮捕・起訴され(のちに無罪判決)、幹部から自殺者が出るという悲劇を生んだ。

 なぜこんなことになったのか。解き明かしたい、と1年間休暇を取って本を書く。それが初めての著書「セイビング・ザ・サン」だ。人類学の研究が生きた。丸山真男から高杉良まで読み込み、経済事象を日本社会の制度と文化、人間の物語として書きこんで反響を呼ぶ。

 その後戻った英国では、07年からの金融危機をいち早く予測する記事を書き続け、さらに名をグローバルに高めた。「日本で起きたことを見ていたから、欧米の危機も予想できました」

 最新刊「サイロ・エフェクト」(文芸春秋)は、専門化や効率化が進むと、組織が細分化して情報が共有されず、まるで「サイロ」に閉じ込められたようになってしまう現象を取り上げた。ここでも人類学の手法で歴史や文化まで掘り下げて分析。金融やITといったグローバル企業や米自治体など、サイロによる病巣を活写し、その克服も鮮やかに描き出している。サイロとは「縦割り」と言い換えてもいいかもしれない。日本人が読めば、多くが「自分たちのことだ」と思い当たるだろう。実際、なぜソニーが没落したのかをサイロの側面から実証した。

 サイロを打破し、「革新的で創造的であるために自由に境界を超える」ことを自ら実践する。

    *

 少女のころ、祖母が大好きだった。祖母はほとんど海外に出たことがなかったが、一緒に地図を見ては「ここに行きたい」と夢を幼い孫に語りかけ、一緒に百科事典を読んだ。「ジリアン、冒険的でありなさい。世界に出なさい」

 今、祖母から受け継いだコートを身にまとって、その言葉を体現している。

 (文・秋山訓子 写真・竹花徹朗)

    *

 Gillian Tett(48歳)

 (b3面に続く)
    −−「フロントランナー:フィナンシャル・タイムズ米国版編集長、ジリアン・テットさん 社会人類学から経済記者へ」、『朝日新聞』2016年02月27日(土)付土曜版be。

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フロントランナー:ジリアン・テットさん 「経済と社会、文化に橋をかけるのが私の仕事」
2016年2月27日


新刊発売を前に、書店を訪問。店のスタッフは「日本人なら身につまされる中身」=東京都千代田区
写真・図版
 (b1面から続く)

 ――人類学者から経済ジャーナリストへ。経済は苦手だったそうですね。

 経済担当の記者になって最初の1カ月、全然わからなくてふてくされていたくらい(笑)。社会科学や芸術、人文科学を専攻した人は、お金にまつわることを退屈、あるいは「汚れている」などと思いがちです。けれどお金が世界をどう回っているかを見なければ、世界を理解できないといってもいい。お金は人間の体の血液のようなものです。

 私は、経済は新しい言語を習得するようなものだと思いました。タジク語を学んだように経済を勉強すればいい、と。それで、週末には経済本を読んで読んで読みまくりました。

 ――経済学の素養がなかったからこそ、わかったことがある、と。

 勉強して思ったのは、多くがお金の観点からしか経済を描いていないということ。文化や政治、歴史的側面に着目しなければ経済を本当に理解することはできないと感じたのです。

 そこで、経済や金融、お金と社会、文化の間に橋をかけるのが、生涯をかけた私の仕事であり、役割だと思い定めました。それは、人類学の研究者だったという、ちょっと変わった経歴を持っているからこそできると思っています。

 ――「サイロ・エフェクト」ではソニーの例をはじめ、日本の会社員なら思い当たることがたくさん盛り込まれています。

 日本は第2次世界大戦中、陸軍と海軍がそれぞれのサイロの中にいて意思疎通ができず、悲劇を生みましたよね。サイロは現代的な問題でありながら古典的でもあるのです。人間は分類する生き物ですから、元々、サイロに陥る性向があります。サイロをなくすことはできない。どう対処するかを考えればいい。

 ■頭の中に入る

 ――「サイロ・エフェクト」の原型は「セイビング・ザ・サン」にあるように思えます。日本人のものの考え方、サラリーマンの振る舞いまで考察しました。

 日本の不良債権問題が起きたとき、海外の人々は、なぜこれが起きたのか、日本の銀行マンたちは愚かなのか、あるいは邪悪なのかと尋ねました。こういった見方は偏見です。

 私は、銀行マンたちの頭の中まで入りこんで、なぜこんなひどいことが起きたのかを知りたかった。多くの関係者に話をさんざん聞いたうえで、彼らの思考法やその背景にある制度、文化について思いをめぐらせました。タジクの村でやったように。その結果、たとえば「建前」と「本音」があることに気が付いたのです。それが日本の場合、大きく影響している、と。

 ――その取材手法を「インサイダー兼アウトサイダー」と言っていますね。

 取材対象に深く入り込みながら、客観的な視点を忘れない。総合的に見つつ一人一人に着目し、ボトムアップで文化を観察します。

 ――12歳と10歳、2人のお子さんを育てるシングルマザー。どうやって両立しているのですか。

 長女が生まれて、最初は週3日勤務から始めました。徐々に勤務時間を延ばし、3年かけて完全復帰しました。これはFTでは珍しいことではなくて、副編集長も女性ですが、新年に週4日から5日勤務に戻したばかりです。

 家が職場に近いので、夜6時か7時ごろにはいったん帰宅して宿題を一緒にするなど1、2時間ほど娘たちと過ごしてから仕事に戻ることが多いです。他のワーキングマザーのように、子どもの寝静まった後に家でパソコンを開きます。コラムはどこにいても書けるのでとても助かります。

 女性たちに言いたいのは、勇敢であること、柔軟であること、それから感謝を忘れないことです。

 ■世界を照らす

 ――新聞メディアはインターネットの普及で厳しい状況にあります。

 今はマスメディアにとって、とても面白い時期だと思います。ネットに情報はあふれていますが、信頼できるコンパスのような役割をするメディアも求められています。それからグローバルなものの見方、さらには経済や政治といった分野を超えた視点。これらが提供できるメディアは多くない。実際、現在のFTの読者数はデジタルも含め世界で78万。これは紙も含めてこれまでで最高の数です。

 ジャーナリストの役目は世界を照らすこと。もし世界に興味があるのなら、ジャーナリストであれば世界を探索するパスポートを手に入れられるのです。好奇心の赴くままに「なぜ」と質問できる。最高の仕事だと思っています。

 ■プロフィル

 ★1967年生まれ。大学での研究のためタジキスタンで過ごした時=写真=には、牛の乳搾りも習得した。

 ★しっかり仕事をして、ちゃんと休む。「オンとオフの切り替えが上手」(FTの東京支局スタッフ、松谷充子さん)。東京での勤務中も、週末はスキーによく出かけたが、日曜の夜にはアノラック姿で支局に戻り、週明けからの仕事の準備をしていた。

 ★体を動かすのが好きで、朝は犬のチャーリーの散歩、仕事の合間にジムに通う。週末には娘たちを連れて夏はサーフィン、冬はスキーへ。

 ★長女は母のことを「確かに忙しいけど、すごく重要な仕事だとわかっているので。誇りに思っています」。

 ★コラムのネタは経済から犬まで。犬を書いた時はすごい反響だった。「犬を通してみると、冷たいといわれるニューヨークも、人と人のふれあいのある全く違った街になります」

 ★海外出張も多いが、どんなに長い日程でも荷物は機内持ち込みのみ。「なくされたら嫌だし、出てくるのを待つ時間が無駄だから」

 ★おしゃれも大好き。ネイルの身だしなみを欠かさない。

 ◆次回は、東日本大震災をきっかけに宮城県雄勝町で滞在型体験施設を始めた油井元太郎さんの予定です。様々な人が集う場を目指しています。
    −−「フロントランナー:ジリアン・テットさん 「経済と社会、文化に橋をかけるのが私の仕事」」、『朝日新聞』2016年02月27日(土)付土曜版be。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12226686.html

http://www.asahi.com/articles/DA3S12226740.html

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