覚え書:「不明解日本語辞典 [著]高橋秀実 [評者]武田徹(評論家・恵泉女学園大教授)」、『朝日新聞』2016年02月21日(日)付。

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不明解日本語辞典 [著]高橋秀実
[評者]武田徹(評論家・恵泉女学園大教授)  [掲載]2016年02月21日   [ジャンル]教育 社会 

■コミュニケーションの実相描く

 「あ、高橋秀実です」。この「あ」に始まり、わ行の「私」まで、日常的に口にする32の「言葉」に注目。辞典の語釈風解説を寄せた内容だ。
 だが「言葉についてきちんと考え」れば、高尚な結論が引き出せると信じるほど著者は甘くない。前書きからして「言葉を言葉で考える」作業は対象と手段が同じで「いきなりつんのめる」と告白。「考える」といっても、せいぜい「言葉を言葉で言う」作業にしかなるまいと書く。
 とはいえ「言葉を言う」と「言葉で言う」はほぼ同内容だし、そもそも言葉以外で「言う」ことは不可能。重複を整理してゆくと「言う」しか残らないではないか……。という塩梅(あんばい)に単刀直入に切り込む鋭利な論調とぼやき口調を交えた独特の文体で、著者は「言う」自分が、何を、誰に言っているのか、「言う」ことでどこに赴こうとしているのかを示そうとする。
 たとえば冒頭の「あ」。文法的には感動詞とされるが、名乗りつつ感動しているわけではない。古来は呼びかけに答える言葉だったというが、お呼びもかからずに登場しては「あ、どうも」と挨拶(あいさつ)しているのはどうしたものか。
 あれやこれやと考えた結果、著者は「あ」が日本人のコミュニケーションの原型ではないかと「言う」に至る。言葉に意味が「ある」のではない。言葉が不明解だからこそ、私たちはそれを口にして意味を「なす」ことを求める。それゆえ呼ばれてもいないのに「お互いに『あ』『あ』と言い合って、何が『あ』なのかと言葉を引き出そうとしている」のではないか、と。
 ノンフィクション作家が言葉を論じることを意外に感じる人もいよう。だが言葉の位相をまず見極めずには、それを媒介させずして伝えられない世界の真相に手が届くはずもない。本書は辞書の体裁を装って日本語コミュニケーションの実相を描く本格的ノンフィクション作品なのだ。
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 新潮社・1512円/たかはし・ひでみね 61年生まれ。『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』など。
    −−「不明解日本語辞典 [著]高橋秀実 [評者]武田徹(評論家・恵泉女学園大教授)」、『朝日新聞』2016年02月21日(日)付。

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