覚え書:「今こそ石立鉄男:70年代、二枚目半で主演7作」、『朝日新聞』2016年03月14日(月)付。

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今こそ石立鉄男:70年代、二枚目半で主演7作
2016年3月14日


石立鉄男 (C)ユニオン映画

 大仰な表情と身ぶりで、テレビドラマ街道を猛進した男がいた。

 「ロングバケーション」や「踊る大捜査線」を放送していた1990年代は、テレビドラマ全盛期だと言われる。しかし、本当にすごかったのは70年代だ。「時間ですよ」「傷だらけの天使」「俺たちの旅」……。木村拓哉の瀬名や織田裕二の青島が人気だと言っても、放送期間はわずか3カ月。70年代のドラマは半年か1年、それ以上続くのが普通だった。視聴者の親近感は期間の長さに比例する。

 石立鉄男主演のシリーズもその一つ。71年の「おひかえあそばせ」に始まり、「気になる嫁さん」「パパと呼ばないで」「雑居時代」「水もれ甲介」「気まぐれ天使」「気まぐれ本格派」まで計7作、78年まで足かけ8年続いた。

 ドラマの基本線は毎回変わらない。二枚目半の主人公が失敗を繰り返しながらも、人生をまっすぐ突っ走る。いわゆるシチュエーションコメディーだ。「雑居時代」なら、主人公の十一(石立)が5人姉妹のいる家族と同居することになる。大原麗子演じる次女とは、ケンカしながらも徐々に引かれ合っていく。

 「いい男を探していたんです」。7作のメイン脚本家だった松木ひろしは石立起用の経緯を語る。「米国にはトニー・カーチスロック・ハドソンのように喜劇の出来る二枚目俳優がいた。ああいう役者が日本にもいないかなと」

 石立は文学座出身。正統派の舞台俳優だった。松木の脚本で石立の演技ははじけた。目をむき、口をゆがめ、鼻を広げる。甲高い声で怒鳴り、高笑いする。全身を使って喜怒哀楽を表す。時にはリアリズム無視。漫画の表情や動きに近い。カメラ目線で視聴者に語りかけるなど、芝居の決まり事からも解き放たれた。

 松木が感心したのがセリフ回しだった。「鉄は語尾まではっきりしゃべるんです」。喜劇にとってセリフの間(ま)は生命線だ。瞬時に意味を取れないと笑えない。舞台で基礎が出来ていた。半年、1年の長丁場を持たせるには主人公の圧倒的なパワーが必要条件。石立のような俳優の個性がテレビドラマを牽引(けんいん)していた。

 ただ、この破天荒なキャラクターを彼は自信を持って演じていたわけではない。7作すべてにかかわったユニオン映画の荒木功元社長は振り返る。「石立さんはよく悩んでいた。芝居の組み立てがうまく行かない時は撮影をすっぽかして、共演の女優からはしばしば苦情が来ていた。あまり飲めなかった酒の量がどんどん増えていきましたね」

 普段の石立はシャイで、彼が生み出したキャラクターとは正反対の人種だった。8年も身を削りだしてファンを喜ばせてきたその苦しさはいかばかりだったか。石立は渥美清を尊敬していたという。寅さんを26年間演じ続けた渥美のプロ意識に通じるものが石立には備わっていた。

 荒木は「今なら堺雅人さんが近い」と言う。確かに「リーガル・ハイ」などで見せる誇張された演技は石立をほうふつさせる。堺のような芸達者が一つのキャラクターをじっくり育てていけば、再びテレビドラマ全盛期が訪れるだろう。

 (編集委員・石飛徳樹)

 <足あと> いしだて・てつお 1942年神奈川県生まれ。俳優座養成所、文学座などを経て、映画「愛の渇き」「若者たち」などに出演。テレビでは「おくさまは18歳」(70〜71年)で岡崎友紀の相手役として注目を集めた。「赤い激流」など「赤い」シリーズを始め、「スチュワーデス物語」「三毛猫ホームズ」シリーズで活躍した。2007年に急性動脈瘤(りゅう)破裂で死去。64歳。

 <もっと学ぶ> ユニオン映画の石立シリーズ7作はいずれもバップ、日本クラウンなどからDVD−BOXが発売されている。「雑居時代」のみブルーレイも。

 <かく語りき> 「演じるなんてことは技術ですからね、馬鹿だって出来るんです。カメラの前に出るまでにこの人間はどう生きてきたかと考えるのが楽しくなければ、役者なんて意味がないんです」(DVD「パパと呼ばないで」特典映像から)

 ◆過去の作家や芸術家らを学び直す意味を考えます。次回は21日、インド独立の父、マハトマ・ガンディーの予定です。
    −−「今こそ石立鉄男:70年代、二枚目半で主演7作」、『朝日新聞』2016年03月14日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12256513.html





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