覚え書：「災後考 ６年目の先に：書店が映す、被災地の心」、『朝日新聞』2016年03月22日（火）付。
-
-
-
- -
-
-
災後考 ６年目の先に：書店が映す、被災地の心
2016年3月22日
２０１１年の春、取材した東北の被災地で、人々が本を渇望する姿に驚いた。失った風景や情報、癒やしを求めていた。大きすぎる体験を抱え書店を訪れる人たちが現実を受け止めていく時間に、本が寄り添う。福島の書店員たちがつづってきた記録から、かすかな心の変化をたどってみたい。
新泉社、七つ森書館など７出版社が共同でつくる「ＮＲ出版会」の月刊広報誌に、全国の書店員の寄稿やインタビューが載っている。東日本大震災の後は被災地の書店員の登場が増え、今月までに２１回。うち３分の２が福島の書店員だ。
〈開店すると店の中は「こんなに市民が残っていたのか」と思うほどたくさんの人で溢（あふ）れました……本を両手に提げてうきうきして帰られる姿を見ると、本当に本屋冥利（みょうり）につきると体が熱くなりました。〉
１４年４月。南相馬市で「おおうち書店」を営む大内一俊さん（６０）は、震災１カ月後に店を再開した時のことをこう振り返った。店は今もにぎわう。子供が減り児童書が売れなくなったが、原発周辺からの避難者や作業員が訪れる。
先月下旬、同市出身の菅野雪虫（ゆきむし）さんの小説『チポロ』を買った近所の女性（７１）は「じっくり本を読む気持ちになれなかったのが、だんだん浸ることができるようになってきた」。中断していた読書会を昨年再開したという。
＊
〈書店には、自分の目で実際に確かめたいという、能動的に情報を選ぶ人々の姿がありました。現状を受け止めて……こんな状況でも日々、生活していかなければならない福島の人々の前向きな姿勢を感じさせました。〉
１３年６月。郡山市などに店舗がある「みどり書房」の岡田州平さん（４７）は書いていた。当初は、線量計の無料貸し出しも人気だった。「民間事故調」の報告書は約５００冊、地元新聞社の震災写真集は１千冊以上（いずれも５店舗累計）売れた。
ただ、震災の本が飛ぶように売れたのは２年目ごろまで。新刊が減り、顧客の関心も薄れたように感じた。フェアの時以外は特設コーナーをやめ、一般の棚に、分野ごとに分けて置くようにした。
「書店に来る人たちのニーズは、本来さまざまなもの。みんなが同じ情報を求めたあの頃が特別でした」
＊
一方、くまざわ書店須賀川店は今も、原発・放射性物質関連の本の棚を店の真ん中に残している。店長の菅原聡子さん（４３）は昨年４月、こう書いた。
〈この棚は、実売数はさほど多くないけれど、立ち読み率が高いように感じる……今日も原発事故の検証に関する本が売れた。やっと振り返る気持ちが出てきた、というのが本音だろうか。〉
棚の前で菅原さんが、井上きみどりさんのエッセー漫画『ふくしまノート』を触って言った。「動いていますね」。立ち読みの証拠だ。
「震災と事故があったことに、慣れないでいたい。やっぱりおかしいことなんだというのが、頭の片隅にはないといけないのかなと思います。お客さんがおかしいと思った時に立ち向かう知識は持っていて欲しいから、この棚は続けます」
震災を忘れるわけはないけれど、「昔話」のように感じることもある――。いわき市の鹿島ブックセンター店長の鈴木順子さん（５８）の中で、「忘れる」と「忘れない」の境は揺れ動く。
いわき市では原発周辺から大勢が避難し、仮設住宅に入った。避難してすぐの頃は、レジで身の上話をする人もいた。１３年３月。
〈当店に足を運んでくださり、ポイントカードまで作っていただいています。……少しでも今の生活圏に馴染（なじ）みたい……そんな心情が伝わってきて、ともにがんばらねば、という思いに駆られます〉
それから３年。店の入り口には、天童荒太さんの新刊『ムーンナイト・ダイバー』が平積みになっている。津波で流された思い出の品を求め、汚染された海に潜る物語。発売後しばらく毎日のように売れた。生々しいルポや手記より、震災を別の角度から見る助けになるフィクションが、今は求められていると感じる。
「５年間温めていたものが噴き出たような作品。福島を小説の題材にしてくれたことに、ある意味ほっとしました。私たちにも作家さんにも、震災を客観的に見るゆとりが出てきた。そろそろ向き合ってもいいのかな」（高重治香）
−−「災後考 ６年目の先に：書店が映す、被災地の心」、『朝日新聞』2016年03月22日（火）付。
-
-
-
- -
-
-
http://www.asahi.com/articles/DA3S12269887.html
