覚え書:「安保法 施行 変容する国防、課題は」、『毎日新聞』2016年03月30日(木)付。

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安保法
施行 変容する国防、課題は

毎日新聞2016年3月30日 東京朝刊



米国とA国が武力衝突をすると…
 集団的自衛権の行使容認を柱とする安全保障関連法が29日施行され、自衛隊の任務や活動範囲が大きく拡大した。自衛隊はどのようなことを新たにできるようになるのか。国会の関与で歯止めはきくのか。これまでの国会審議などを振り返りながら、ポイントと問題点をまとめた。【村尾哲、町田徳丈】

集団的自衛権 「存立危機」曖昧な定義

 「自民党憲法改正草案は自衛隊国防軍と位置付けている。首相は最終的には集団的、個別的含めて自衛権を全て行使できるようにすべきだとの考えか」

 今月1日の衆院予算委員会民主党緒方林太郎氏が安倍晋三首相を追及した。首相は「現下の憲法下では集団的自衛権は限定的な行使だ」とする一方、草案について「国際法上持っている権利は行使できるとの考え方のもとで示している」と回答。緒方氏は「首相はフルスペック(全面的)の集団的自衛権を行使すべきだとの考えだ」と断じた。

 集団的自衛権行使の容認は安保関連法の最も大きな柱だ。政府は昨年の国会審議で、行使の事例として「米国に向かう弾道ミサイルの迎撃」や「ミサイル監視中の米艦防護」などを挙げた。しかし、「どう限定的なのか」についての説明はあいまいで「政府の裁量が大きすぎる」との批判を招いた。その疑念は今年に入ってからも払拭(ふっしょく)されないばかりか、首相が参院選で訴えると公言する憲法改正と結びつける形で野党の攻撃材料となっている。

 集団的自衛権は自国が攻撃されていなくても他国への攻撃に対し反撃できる権利。政府は長年、憲法が禁じる武力行使に当たり行使できないとする憲法解釈を維持してきたが、政府は2014年7月に解釈変更を閣議決定し、安保関連法に盛り込んだ。

 同法には集団的自衛権行使の「新3要件」として(1)日本と密接な関係にある他国への攻撃により、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある(2)その危険を排除するために他に適当な手段がない(3)必要最小限度の実力行使−−を明記。(1)を「存立危機事態」と定義し、新3要件を満たす場合に限り、集団的自衛権の行使が認められるとした。ただ、存立危機事態の適用は「さまざまな要素を考慮し総合的に判断する」との説明に終始している。

 憲法解釈変更が「違憲」との指摘も根強い。政府は、他国への攻撃であっても自国の存立が脅かされる場合があるとして「合憲」と主張するが、毎日新聞が今月5、6日に実施した全国世論調査でも安保関連法を「評価しない」が49%に上り、理解が広まらないのが現状だ。

後方支援で補給 国際的には「戦闘行為」

 安保関連法では、自衛隊による他国軍への補給や輸送といった後方支援の大幅な拡大も盛り込まれた。周辺事態法を改正した重要影響事態法と、新法の国際平和支援法だ。

 周辺事態法を巡っては1999年、小渕恵三首相(当時)が地理的範囲について「中東やインド洋は想定されない」と答弁し、朝鮮半島有事や台湾海峡有事など日本周辺に事実上限定していた。これに対し、重要影響事態法は条文から「周辺」の文言を削除。インド洋や南シナ海など日本のシーレーン海上交通路)が封鎖されるといった日本に重要な影響がある事態が起きれば、世界中どこでも後方支援ができ、支援対象は米軍以外の他国軍にも広がる。

 国際平和支援法は「国際社会の平和と安定」を目的に他国軍を支援する。これまではインド洋での海上自衛隊の給油活動など特別措置法をその都度制定する必要があったが、新法制定で随時可能となる。

 どちらの法律でも後方支援の活動範囲と支援メニューが拡大する。活動範囲は従来の「派遣期間を通じて戦闘が行われない非戦闘地域」から「現に戦闘行為が行われている現場」以外に拡大。弾薬の提供や戦闘のため発進準備中の戦闘機などへの給油や整備が可能になる。

 後方支援拡大に踏み切った背景には「米側からの期待」(中谷元(げん)防衛相)がある。2015年4月に改定した日米防衛協力の指針(新ガイドライン)にも後方支援の充実が盛り込まれ、米側は集団的自衛権行使の容認以上に後方支援を重視したとされる。ただ、米国をはじめとする他国の武力行使への支援をますます強めることに対しては、「憲法に反する武力行使の一体化にあたる」といった批判が根強い。国際社会では、前線に物資を補給する兵たん機能は戦闘行為と一体とみるのが常識で、他国軍との距離を縮める自衛隊はその分、攻撃対象になる危険性をはらむ。

 首相は今月3日の参院予算委で、過激派組織「イスラム国」(IS)への対応について「軍事作戦への参加も後方支援も政策判断として全く考えていない」と述べたが、IS掃討作戦の長期化を背景に「米国に要請されたら拒否できるのか」との懸念がくすぶる。

PKO 危険伴う武器使用拡大


PKOで新たにできること
 紛争後の停戦監視や復興支援を行う国連平和維持活動(PKO)について、自衛隊は1992年のカンボジア派遣以降、世界各地で任務にあたってきたが、安保関連法の施行後は、さらに活動の拡充が可能になる。

 PKOへの自衛隊派遣は活動内容を記した実施計画に基づいているが、実施計画を変更せずに実施できるのが「宿営地の共同防護」だ。他国軍と共同使用する宿営地への攻撃を他国軍と共に守る権限で、自衛隊が96年から2013年まで派遣された中東・ゴラン高原でのPKOでは他国から共同訓練を求められたが、PKO協力法に規定がないため実施できなかった。

 PKOに派遣された自衛官が武器を使用する権限が広がるのも重要なポイントだ。これまでは、自分や管理下に入った人を守る武器使用に限定されていた。今後は、非政府組織(NGO)職員らから救助要請があった際に自衛隊が応急的に対応する新たな任務の「駆け付け警護」で、バリケードなど移動の障害になるものを排除したり、保護する対象者の生命・身体を守ったりするために武器が使えるようになる。さらに、巡回や検問などの新任務「安全確保業務(治安維持活動)」でも妨害行為を排除するために武器を使える。

 PKO参加には(1)紛争当事者間の停戦合意(2)派遣先の国や紛争当事者が日本の活動に同意(3)中立性の確保−−など5原則がある。政府は、安保関連法施行で可能になる駆け付け警護と治安維持活動での武器使用について、さらに「受け入れ同意が安定的に維持」という条件を付け、安全への配慮を強調する。ただ、突発的な事態を受けて現場に急行するため、「民間人を誤射しないか」「他国と同様、自衛隊も攻撃されて死者が出るのでは」と危惧する声もある。

 さらには、国連主導ではない国際的な平和安全活動への参加も可能になる。PKO5原則が満たされ、欧州連合(EU)などの国際機関が要請する場合、イラク派遣のような非国連型でも特別措置法を作らずに派遣できる。これまでのPKO司令部への自衛官派遣に加え、多国籍部隊が組織するPKOの軍事部門トップの司令官に自衛官を国連職員として派遣することも可能だ。

グレーゾーン 米艦防護「抜け道」懸念

 政府は平時や、平時と有事の間のグレーゾーン事態への対応を意識し、「切れ目のない備え」を掲げて仕組みを整えている。例えば、これまでは自衛隊の武器や船舶・航空機などを守ることに限られていた「武器等防護」について、自衛隊法を改正し、米軍や日本と密接な関係にある他国軍の武器も防護の対象に加えた。

 具体的にはこんなケースが考えられる。日本近海で米軍のイージス艦が日本の自衛艦と連動して弾道ミサイル警戒をしていた場合、イージス艦はレーダーをミサイル探知に集中させるため防護範囲が狭まり、自分の周囲の防御レベルが落ちる。その時に米軍が対艦ミサイルなどで攻撃を受けた場合には、自衛艦が武器を使用して反撃し、米艦を守れる。日本の防衛に役立つ東シナ海南シナ海での警戒監視や、日米共同訓練、重要影響事態での輸送や補給といった場面での実施を想定している。

 米軍などから要請があり、防衛相が必要と認めれば自衛隊に任務を付与する。現場では指揮官ら自衛官が状況に応じて武器を使うかどうかを判断する。野党は、武器等防護での米艦の防衛が存立危機事態での集団的自衛権の行使と重なることを問題視。行使の新3要件に該当するかの考慮がないことなどから「武器等防護は集団的自衛権の抜け道だ」と批判した。政府は「武器等防護は国や国に準じる組織による戦闘行為に対して実施しない受動的・限定的な武器使用で、集団的自衛権とは明確に異なる」と反論しているが、野党の批判は根強い。

 またグレーゾーン事態では、海上保安庁や警察では対処できない状況になった時、自衛隊に対して「海上警備行動」や「治安出動」を発令する。この場合に迅速に対応するため、昨年5月から電話での閣議決定ができるようになった。中国の公船が断続的に領海に侵入している沖縄県尖閣諸島での対応をにらみ、武装集団の離島上陸▽無害通航に該当しない外国軍艦▽公海での民間船舶への侵害行為−−への対応が主眼となっている。

国会の関与 具体化、なお手つかず


自衛隊の海外活動に対する国会の関与
 安保関連法を巡る国会論戦では「歯止め」としての国会の関与のあり方が焦点の一つとなった。世論の強い反発を受け、自民、公明両党は参院審議の最終盤で、日本を元気にする会、次世代の党(現・日本のこころを大切にする党)、新党改革の野党3党が求める国会関与強化策をほぼ「丸のみ」し、法成立にこぎつけた。しかし与野党合意を具体化するための協議は開催されないままだ。

 政府・与党は、事態が発生した際、国会の事前承認を義務づければ、自衛隊が迅速に対応できないおそれがあると主張。国際平和支援法に定めた国際平和共同対処事態は日本の平和と安全に直接関わりがないという理由で事前承認にしたが、存立危機事態と重要影響事態は「原則事前承認」、「緊急の必要がある場合」は事後承認を可能とする例外規定を設けた。PKOなどの停戦監視活動・安全確保業務も国会閉会中や衆院解散中は事後承認とした。

 一方、野党3党は自衛隊の派遣、活動中、活動終了後のいずれでも国会が関与する仕組みを主張。与党は野党3党の法案賛成と引き換えに合意内容を付帯決議に盛り込み、政府は閣議決定した。

 合意項目には、重要影響事態では例外を認めるが、日本が攻撃される明白な危険がない中東・ホルムズ海峡の機雷掃海などの存立危機事態は例外なく事前承認▽PKOで駆け付け警護を行った場合は速やかに国会に報告−−などに加え、自衛隊活動の常時監視・事後検証のための国会組織のあり方や、重要影響事態、PKO派遣の国会関与強化について各党間で検討し結論を得ると盛り込まれた。

 自公両党には、一部野党も賛成して関連法が成立したという形を作る思惑があった。野党の分断に成功すると、付帯決議は事実上、たなざらしにされた。

 与党は施行前日の28日、こころなど3党と会合を開き、付帯決議の内容を検討する方針を確認した。しかし、今後の協議の進め方や人選は未定。与党の意欲には疑問符が付く。
    −−「安保法 施行 変容する国防、課題は」、『毎日新聞』2016年03月30日(木)付。

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