覚え書:「隔離の傷痕 らい予防法廃止20年/1 差別の恐怖、今も 退所43年「孤独死予備軍です」」、『毎日新聞』2016年03月31日(金)付。

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隔離の傷痕
らい予防法廃止20年/1 差別の恐怖、今も 退所43年「孤独死予備軍です」

毎日新聞2016年3月31日 東京朝刊

(写真キャプション)地元の障害者団体や社会福祉法人で役員としても活躍する石山春平さん。団体の機関誌の編集会議で、ユーモアを交え積極的に発言していた=川崎市中原区で、竹内紀臣撮影

 最低限の家具しかない団地の2DKの部屋は、独り暮らしには少し広すぎる。ハンセン病療養所を退所してから43年。妻に先立たれ、息子は独立した。近所付き合いはなく、「孤独死予備軍です」。埼玉県郊外に住む元ハンセン病患者の男性(78)は、遠くの山を寂しそうに見つめた。

 沖縄県で生まれ、一家で長崎県に移った。高校2年の時にハンセン病と診断され、熊本県の国立療養所「菊池恵楓(けいふう)園」に強制収容された。家族は園に男性を残し、逃げるように沖縄に戻った。

 症状は軽く後遺症もほぼなかった。いくつかの施設を転々とした後、35歳で東京都の「多磨全生園」を退所した。やがて療養所で知り合った退所者の女性と結婚し、男の子が生まれた。かつては療養所での結婚の条件として断種・堕胎手術が広く行われていた。子どもを断念させられた仲間は、息子の学費を援助してくれた。

 国の強制隔離政策は続いていた。病歴が発覚しないよう、就職先の工場では身の上話を避け、「おはようございます」と「お先に失礼します」以外口にしなかった。63歳まで働いて、友達は一人もできなかった。

 6歳で療養所に入所させられた妻は、最期まで親兄弟から疎外されてきた。父の葬儀に出られなかったことを悔いたまま39歳で亡くなった。男性は昨年暮れに墓参りをした後、妻の実家に立ち寄った。義兄に息子の写真を見せると、「本当に妹の子か」と疑われた。2人の出会いから説明したかったが、義兄は「我が家ではハンセン病のことは一切話さない」と言い放った。

     ◇

 元患者の多くは、かつて遭った厳しい差別への恐怖から、今も病気のことを隠して暮らしている。首都圏の療養所退所者でつくる「あおばの会」会長で、川崎市に住む石山春平(はるへい)さん(80)は、本名を名乗って啓発活動に取り組む数少ない一人だ。

 静岡県で生まれ、小学6年の時にハンセン病と診断されて「退学」になった。近所の人から「汚い」「表を歩くな」と石を投げられ、「意地でも生き延びてやる」と決意した。私立療養所で15年間過ごした後、職員だった女性と結婚し、3人の子に恵まれた。今も各地で講演を続け、小学校のクラス会にも欠かさず顔を出す。

 元患者は高齢化している。今さら過去の差別を知ってもらう必要はないという仲間もいるが、死ぬまで教訓を語り継ぐつもりだ。病気や出自、人種の問題。差別の根は今もどこにでもある。

     ◇

 自身を「孤独死予備軍」と表現する埼玉県の元患者の男性は最近、実名を伏せながら、自らの体験を人前で話すようになった。中学校で講演を終えた時、駆け寄ってきた男子生徒から「偏見、差別はなくなりますか」と尋ねられた。

 亡き妻と同じように、古里の親族とは交流が途絶えたままだ。「なくならないだろう」と正直に答えると、生徒に「じゃあ、やっていることは無駄でしょう」と言われた。

 無駄かもしれないなと認めながら付け加えた。「かつての差別や偏見はすさまじかったけど、教育のおかげで理解が進んだ。50年後はもっとよくなるだろう。君たちに期待しているから講演に来ているんだ」。言葉に未来への希望を込めた。

     ◇

 「らい予防法」が廃止されて4月1日で20年が経過する。国は強制隔離政策の誤りを認めたが、元患者の多くは今も差別や偏見があると感じている。多くの人の人生を狂わせたハンセン病差別に社会はどう向き合ってきたのか。改めて問い直したい。(この連載は江刺正嘉、賀川智子、山本有紀、久木田照子、石井尚、井川加菜美が担当します)=つづく

 ■ことば

らい予防法

 国内の隔離政策は1907年の「癩(らい)予防ニ関スル件」の制定で始まったが、31年制定の「癩予防法」(旧法)で徹底的な強制収容が行われ、差別、偏見が拡大したとされる。戦後の47年には特効薬による治療が始まったが、旧法を引き継ぐ「らい予防法」(新法)が53年、療養所入所者らの反対を押し切って制定され、96年の廃止まで維持された。入所者らが起こした国家賠償訴訟で、熊本地裁は2001年、世界的な情勢などからみて60年以降の隔離は違憲とする判断を示し、国の責任を認めた(確定)。
    −−「隔離の傷痕 らい予防法廃止20年/1 差別の恐怖、今も 退所43年「孤独死予備軍です」」、『毎日新聞』2016年03月31日(金)付。

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