覚え書:「特集ワイド 社会保障費急増、2025年問題 「団塊の世代」老後はお荷物?」、『毎日新聞』2016年04月08日(金)付夕刊。

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特集ワイド
社会保障費急増、2025年問題 「団塊の世代」老後はお荷物?

毎日新聞2016年4月8日 東京夕刊

1947〜49年に生まれた「団塊の世代」は、前の3年、後の3年の世代より2割以上も人口が多く、大学闘争などさまざまな社会現象の担い手となった。写真は68年9月に東京であった、日本大学全共闘の学生による反大学当局デモの様子
 「2025年問題」という言葉を最近よく耳にする。「団塊の世代」が全て後期高齢者(75歳以上)となり、社会保障費用が大変なことになる−−という暗い予測だ。高度成長を支え、常に時代の主役と言われてきた世代だけに「我々は問題児?」「お荷物扱いか」と反発する向きもあるようだが、このまま孤立を深めるのか。それとも新たな存在感を出せるのだろうか。【藤原章生

異議あり」なんて忘れよ


 「2025年問題に反発なんかしているのは男性だけでしょ。女性はリアルだから、きれいに見られる方法とか楽しい事を考えますからね。問題児やお荷物扱いされるのは想定内ですよ。自分たちだって若い頃は長髪にして(明治、大正生まれの)年配の人を批判していたわけですから」。こう語るのは、自らも団塊の世代で、小説「終わった人」を昨年出した脚本家の内館牧子さん(67)。小説の主人公も団塊の世代。東京大出身の元銀行員で、定年後も自分を「終わった人」とは認められない。若い女性との恋愛を求めたり、小さな会社の経営に乗り出したりするが、いずれも失敗し、財産も妻の信頼も失い、仲間のいる故郷に帰る−−というストーリーだ。

 内館さんは結構辛辣(しんらつ)だ。「60代後半はまだ体力があって生々しいから自信があるんですよ。でも若い女性はもちろん社会も、もう彼らには期待していない。『終わった人』たちが頑張れるのはあと数年が限度。25年には本当に『終わった人』ばかりになっていますよ」

 専門家8人が団塊の世代の職、住、教育などについて分析した本「団塊世代60年」(生産性出版)は、この世代の特徴として、こんな声を紹介している。<プライドが高く、組織や他者批判が好きで、自分は正しい道を歩いてきたと信じ、主張の手段は相手を「論破」すること。下の世代を「自分に甘過ぎる」と決めつけ、他者にレッテルを張り、すぐに「あいつはダメだ」と言いたがる>(一部略)

 あくまでも一つの見方にすぎないが、ジャーナリストの森健さん(48)もうなずく一人だ。「経験から言えば、団塊の世代には文句ばかり言う人が多い。年金詐欺の取材で民生委員と横浜市を回った時、地区の行事に参加しないし、勝手なゴミ出しをする人が多いのが、あの世代でした。退職して部長や役員の肩書がなくなり、〇〇さんと名字で呼ばれるのを嫌がる。そのせいか理屈をこねて言い分を通したがるのも特徴ですね」

 森さんが抱く「団塊の世代のイメージ」は、08年の東大の駒場祭で刻み込まれた。「大講堂で大学闘争についてのセッション(会合)があったんですが、司会役が話し始めた途端、いきなり会場から『異議あり!』という声が上がり『あなた、今そう言ったけど、当時はこう言っていたじゃないか』とか言い出して収拾がつかなくなりました。話も聞けないのかよと、彼らの宿痾(しゅくあ)というか、悲しさを感じましたね」

 東日本大震災の被災地で遺構保存運動の取材をした時にも、そう感じた。若い世代が議論を積み上げて保存したいと意向をまとめても、団塊の世代が「そんなものいらん」とつぶしてしまう事例を複数目にしてきたという。

 スズメ百まで踊りを忘れず。75歳を境に、急に物わかりの良い穏やかな老人になるのも難しい。新聞の投書欄などでは団塊の世代が「私たちは問題児なのか」と反発の声を上げている。将来、あちこちで小競り合いが起きそうな気もする。そんな想像を念頭に内館さんは言う。「たぶん若い人たちに認めてほしいのが本音なんだろうね。君たち、こんなやり方じゃだめだ、自分たちはすごいと認めてほしい。それで議論を台無しにするような言い方になっちゃうのよ。『異議あり』なんてもう忘れなさい、若い人に任せておきなさいと強く思います」。同情的な視線だった。

世界を楽しませる知恵を


 「ハイティーン」「ヤング」「ニューファミリー」と、人数の多さからブームや生活様式を先導してきた団塊の世代が、新たな価値観を生み出してくれないものか。うるさく、とんがって見える世代だけに、つい期待してしまうが、予測小説「団塊の世代」(1976年)で、その言葉を社会に定着させた作家、堺屋太一さん(80)は「いや、何かを生み出す世代ではないんです」とあっさり否定した。

 なぜなのか。堺屋さんは団塊の世代を「官僚が敷いた産業構造を実現させた兵士のような存在」と位置づけた上で、「官僚は終身雇用や年功賃金、東京一極集中に加え、『人生の規格化』を団塊の世代にガチッと植えつけたんです」と説明する。

 「官僚は戦後、米国の技術を導入して製造業に規格大量生産を定着させるため、終身雇用、年功賃金を組み込ませた。さらに、地方に独自の文化があると反中央、反官僚的になるため東京一極集中を図った。消費行動では、効率が落ちるからと買い物から会話をなくすように進めるため、スーパーマーケットや自動販売機などを広めた。そして人生設計。学校を卒業した後に就職しないのは不良と宣伝し、働いたら蓄財をするように勧める。結婚するまで出産してはならない。夫婦は部屋数が多い小さい家で子供2人を育てよ、と人生全てを規格化しました。これらに従順に従ったのが団塊の世代なのです」。その結果−−「日本人を全員不幸にした」と堺屋さんは言い切った。

 「全員」はどうかと思うが、団塊の世代が模範となった「規格化された人生」は80年代から通用しなくなったということだ。その後、右肩上がりの経済成長は止まり、少子化や地方の衰退が進んだ。それを踏まえ、堺屋さんは2025年の姿を予測する。

 「団塊の世代は、サービス付き高齢者住宅に集中するでしょうね。それを福祉と称して国が援助する。東京集中がより強まり、地方は国の交付金頼りになる。地方メディアや地方大学も成り立たなくなる。中央官庁による産業と報道の支配が強まり、人間の意欲がなくなる。若年層も新しいことをやりたがらない。すでに『3Yない若者』と言われているように、欲ない、夢ない、やる気ない若者が増え、若い人の老人化が問題になる」。これでは希望を見いだすのは難しそうだ。

 解決策はあるのだろうか。堺屋さんは「まず日本人の倫理観を変えることだ」と提案する。「徳川時代の倫理は天下太平。明治は進歩と愛国。戦後は効率、平等、安全。しかし今は安全だけ。組み体操から飲酒運転まで取り締まる官僚主導。安全のためと、国に必要な移民も受け入れない」

 そんな日本に最も必要なのは「楽しさ」だと堺屋さん。「日本人に一番欠けているのが楽しさ。これからは楽しい日本を目指す。成長せずとも、国としての国際的な地位を落とさないためには、団塊の世代とその後の世代が全世界を楽しませる知恵を持つこと」

 でも、どうやって?

働きたい人は働き続けて

 その手掛かりを探ろうと、広島市在住で芥川賞作家の小山田浩子さん(32)に尋ねた。30代と老人や子供たちが交錯する作品「穴」や、若い世代の労働や人生への意欲の薄まりを活写した「工場」を発表してきた人だ。30代前半以下の世代にとって団塊の世代の存在感は希薄だと言う。

 「自分の作品に団塊の世代はほとんど登場しません。『がんばれば何とかなる』という考え方は私の世代にはない。自分たちが結婚もできず子供もつくれない年収に甘んじているのは、上の世代の責任という見方が若い人には強いから、意図的、あるいは無意識で団塊の世代を見ないようにしている気がします」

 若い世代から意識されていない団塊の世代が老後を迎える2025年。堺屋さんが語る「楽しい日本」はあり得るのか。そう問い掛けると小山田さんは「楽しい……社会」と言って、絶句した。

 「うーん、『豊かじゃないけど楽しい』のは、『楽しくないけど豊か』よりはいいかな。楽しさって個人的な感覚ですよね。スマートフォンでゲームしている楽しさ、社会貢献の楽しさ、同じ考えの人がインターネットでつながる楽しさ。いろいろありますから」。さすがに各世代が交わりわいわい楽しんでいるイメージは浮かばないという。

 働く楽しさも挙げた。「主人が勤めている町工場には70代の人が現役で働いています。団塊の世代は働き者でしょうから、将来、定年を80代に引き上げて働きたい人には働いてもらう。一律に年齢で区切らず、お金のある人、ない人、働ける人、働けない人、と分けて年金も支給すればいいのでは」。決して皮肉で言っているのではない。

 年齢や国籍に関わらず働ける人が働けばいい。そして、働かない人も含め、それぞれが個別の楽しみを見いだす。そんな社会像が定着していけば「団塊の世代は問題児」などという見方は広がらないのではないか。

2025年問題

 1947〜49年に生まれた団塊の世代後期高齢者になることで起こる諸問題。2025年の後期高齢者数は人口の5人に1人にあたる約2200万人。社会保障費は14年度に比べ約29%も増えると見込まれる。これまで国を支えてきた団塊の世代が、社会保障サービスを受ける側に回るため、医療、介護などの需要が高まり、財源確保や介護・医療従事者の人手不足などが問題になると見られている。
    −−「特集ワイド 社会保障費急増、2025年問題 「団塊の世代」老後はお荷物?」、『毎日新聞』2016年04月08日(金)付夕刊。

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